自殺したくなるほど絶望する前に読んでおきたい。偉人たちの失敗談に笑って勇気をもらって絶望の予習を。

竹内敦 さわや書店フェザン店 店長

『失敗図鑑』文響社
大野正人/著

 

偉人たちの失敗エピソードを集め一冊にした本。歴史に名を刻む成功の陰で、絶望するほどの失敗をしていたり、失敗したと思い込んでいたことが実は次の成功への糧になってたりする偉人たち。失敗してもいいんだ、むしろたくさん失敗しなさい、とのメッセージが込められた本だ。

 

分類では児童書だけれども、子どもだけに読ませるのはもったいない。むしろ大人が読むべきだ。やさしくわかりやすい文章で、大人でも読みごたえがある内容を書いてある。

 

まず偉人の紹介から始まる。知ってるつもりの偉人が体系的にざっと理解できる。シンプルな伝記集でもあり、知識が補強される楽しみがある。
次に失敗談の紹介で、結局成功している安心感からおもしろおかしく読める。さりげなく日常で意識できる教訓まで引き出してくれるのがまたにくい。道徳めいたタイトルの本は、子ども自身は手に取らないものだ。親や学校もそんなにきちんと教えられていないのではないか。記憶では小学校の道徳の授業は興味はなく退屈だったし、中学校以降は体系的に教えられる機会も無かった。牧師の説教やお坊さんの法話などを定期的に聴くことも無かった。無宗教の日本人が世界の中でも不道徳というわけではないけれど、こういう読書で積極的に補うのは有意義だろう。本書のように楽しませておいてからの道徳教育の仕掛け、かつ説教くさくはなっていないのはピッタリだ。

 

取り上げられている偉人は、ライト兄弟、二宮尊徳、シャネル、ダリ、ベーブ・ルース、夏目漱石、フロイト、与謝野晶子、ベートーヴェン、スティーブ・ジョブズ、手塚治虫、オードリー・ヘプバーン、孔子、ノーベル、ドストエフスキー、アインシュタイン、ピカソ、野口英世、黒澤明、ダーウィン、マッカーサー、ウォルト・ディズニー、カーネル・サンダース。

 

序章で発明王あらため失敗王エジソンの過激な言葉から始まる。失敗から成功につながる道が少しずつ見えてくる。じゃんじゃん失敗しなさい。ビバ失敗人生と。
個人的に大好物のチキン屋に佇むカーネル・サンダースが、こんなにも波瀾万丈な人生を送っていたことも初めて知ったのもこの本だ。新しい発見があり面白い。

 

偉人たちの失敗は何もかも投げ出してしまいたいくらいの大失敗だ。そこから偉大な業績を上げ大成功に至る。そんなの見せられたら、失敗をしてもそれなりの平凡な幸せを享受する程度まで上がるくらいのことは易々とできるのではないかと思ってしまう。

 

若者論としても読める『映画を早送りで観る人たち』(稲田豊史/光文社新書)によると、Z世代とも呼ばれる若者たちは失敗することを極端に怖れる傾向が増えてきているという。時間的効率を追求する気質にも通じるというこの傾向は、失敗してもいいと教えたらもっと若い世代では変わってくるだろうか。はたして将来はどんな社会になっていくだろうか。
興味は尽きない。

 

絶望するときには正しい判断ができなくなるだろうけれど、この本のワンシーンでも頭をよぎればギリギリ落ちすぎないかもしれない。そんなささやかな期待もこめつつ、店頭の片隅に今も平積みしている。

 

『失敗図鑑』文響社
大野正人/著

この記事を書いた人

竹内敦

-takeuchi-atsushi-

さわや書店フェザン店 店長

声に出して読んだら恥ずかしい日本語のひとつである「珍宝島事件」という世界史的出来事のあった日、1969年3月2日盛岡に生まれる。地元の国立大学文学部に入学し、新入生代表のあいさつを述べるも中退、後に理転し某国立大学医学部に入学するもまたもや中退、という華麗なるろくでもない経歴をもって1998年颯爽とさわや書店に入社。2016年、文庫のタイトルを組み合わせて五七五を作って遊んでいたら誰かが「文庫川柳」と名付けSNSで一瞬バズる。本を出すほどの社内のカリスマたちを横目で見ながら様々な支店を歴任し現在フェザン店店長。プロ野球チームでエース3人抜けて大丈夫か?って思ってたら4番手が大黒柱になるみたいな現象を励みにしている。

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