ryomiyagi
2020/03/24
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2020/03/24
※本稿は、松瀬学『ONE TEAMのスクラム』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
ラグビー、とくにスクラムは奥深い。フランスの探偵小説のごとく、話がオモシロい。はた目にはふしぎに満ちているが、実はスクラムの押しにはふしぎの押しはない。
しっかりと準備をし、フォワード8人がハードワーク(猛練習)を重ねてきたからこそ、あるいは試合で8人がそれぞれの役割を全うし機能したからこそ、相手フォワードを押すことができるのだ。相手チームのフォワード、バックスのモチベーションを削ぐコラプシング(故意に崩す行為)のペナルティーを得ることもできるのだった。
例えば、日本代表のハイライトともいわれたW杯1次リーグの第2戦、アイルランド戦(静岡・日本〇19ー12)の前半34分のスクラムである。相手ボールで、位置が日本陣の22メートルラインのちょい外側、アイルランドから見たら右中間だった。日本としては、「絶対、ペナルティーはとられたくない」ところだった。
攻め手にとったら、仕掛けやすい位置だ。スクラムを押してコラプシングをとれば、確実にペナルティー・ゴールを蹴り込むことができるし、タッチキックからのラインアウトのモールでトライをとる可能性も大きくなる。
あるいは、スクラムのボールをバックスのサインプレーからつないでもトライを狙いやすい。だから、アイルランドはまず、スクラムを押し込もうとした。仕掛けた。
だが、日本がその押しを耐え、逆にアイルランドの塊を押し崩した。スクラムを押し切った。日本スタイルのスクラムで。約5万人の満員の観衆で埋まった静岡・エコパスタジアムが「おおおー」と大きくどよめいた。コラプシングの反則をもぎとり、窮地を脱したのだった。このスクラムでは何が起きていたのか。
日本スタイルのスクラムとは、長谷川慎コーチが情熱と経験と分析力を持って徹底指導した「慎さんのスクラム」である。左プロップ稲垣の言葉を借りると、「日本に革命をもたらした慎さんのスクラム」ということになる。「基本的には」と稲垣は続ける。
「日本代表のスクラムというのは、ひとつの方向性があって、まず一番大切にしている方向性はみんなで3番を助けることです。フッカーの向きを右に向けてあげるのが僕の役割なんです。そして、全体の方向性をフォワードが矢印の形になるようにするのです」
矢印をつくる時のキーになるのは、6番、7番の両フランカーである、という。どうしても、組んだ際、両プロップの臀部が開いていく。それを開かせないよう、両フランカーは少し、内側に補強してあげる。ここが日本スタイルのスクラムの特徴のひとつか。
4年の前のスクラムとの違いは? と聞けば、稲垣の目が瞬時、鋭くなった。
「ひとりひとりの役割が細分化されて、明確になったのが一番の違いですね。まあ、それはシステム上の違いで、スクラムの結果としての違いは相手ボールのスクラムにプレッシャーをかけることができるようになったことです」
2015年大会のスクラムでは、マイボールのスクラムで相手のコラプシングの反則を得ることができたが、相手ボールのスクラムにプレッシャーをかけてターンオーバー(ボール奪取)することはなかった。だが今大会では相手ボールのスクラムでプレッシャーをかけ、反則を誘い、ボールを奪ったスクラムが4本もあった。
では、稲垣個人はどう変わったのか。「個性を捨てました」とボソッと漏らした。
1番の左プロップは、3番の右プロップと違い、頭の左側が空いている。だから、ルースヘッド(解放された頭)と呼ばれることもある。片側が空いているから、構造上、前に出やすいポジションである。両チームの左プロップが単純にそうすると、スクラムは右回りに回ってしまう。
「それをしたら、スクラムにならないのです。自分たちのスクラムを有効に進めるために、じゃ、僕が何をすればいいのかというと、まず個性を捨てる。自分が押したい、前に出たいという欲を捨てることなのです」
では、堀江はどうだろう。「相手を崩すという部分は4年前とは全然違います」とほのぼの口調で漏らした。
「エディーさん(ジョーンズ前日本代表ヘッドコーチ〈HC〉、現イングランドHC)の時はそんなことはしていなかった。“崩す”って、首とか胸とか使って、相手の嫌がるところに力をいれて入っていくんですけど、僕らは相手を崩す、相手を悪い姿勢にするという感じですね。相手を崩せば、(自分たちの)うしろの押しが前にいきやすくなるんです」
ラグビーW杯を通して、フォワード陣の話を聞いて感心したのは、誰もが「慎さんのスクラム」を信じ切っていたことである。これは強い。誰も迷いが微塵も感じられなかった。慎さんのスクラムのメソッドを信じ、遂行する。
少々うまくいかなくても、「信は力なり」なのだ。信が結束となり、崩れながらも、相手を押し切るのだった。あぁ“慎は力なり”。
長谷川慎さんのスクラムのキーワードは「スクラムファースト」である。スクラムを一番に考えよう、というフォワードの意思統一だ。スクラムはワンチームが8人で組む。フォワードはまず、スクラムを意識し、スクラムの押しに徹するのだ。
W杯の日本代表のスクラムを見れば、よくわかる。とくにスクラムの位置での構えに注目してほしい。相手より先にスクラムの位置に集まり、それぞれがバインドし、スパイクのポイントを芝にかませ、背筋を伸ばしている。フロントローは下から相手をにらんでいる。
構えから、8人の足の位置、角度、肩と肩を組み合わせるバインディングの強度、相手との間合いなどディテール(細部)が決め事として積み上げられ、意思が徹底されているのだ。
クラウチ(しゃがんで)。バインド(相手と自分の手を合わせて)。セット(組んで)。そのレフリーの3つのコールに合わせ、どんとスクラムを組む。
相手ボールのスクラムなら、うしろの3人(ナンバー8と左右のフランカー)も、スクラムハーフから「ブレイク!」との声が出るまで、必死で押し続けている。ディフェンスに早く回ろうと、ブレイクしやすいように肩を浮かしている選手はまず、いなかった。
ポイントは、それぞれの接触面の意識である。プロップとフッカー、フロントローとロック、プロップとフランカー、ロックとナンバー8。効率的に相手にプレッシャーをかけるため、肉体の接触面のカベをガチッとつくり、重心を前に移す。とくに両フランカーは低い姿勢で肩をプロップの臀部の下部にしっかりあて、プロップを押し込んでやる。この強弱は大きい。
慎さんのスクラムとは? と聞けば、具智元は短く、言った。
「8人で組んで、“待ったら負け”のスクラムです。ヒットもそうですけど、押されるのを待つのではなく、自分たちから攻めていく。相手より、いいポジションでセットしてから、こっちが100%、相手は70%の窮屈な姿勢をつくらせるスクラムです」
フッカーの堀江は“慎さんのスクラム”をこう、説明した。これまでのスクラムコーチは「8人で結束して押せ」とは言うけど、その方法論、どう押せばいいのかという詳細までは説明してくれなかった。長谷川コーチは違った。
「自分たちひとりひとりに明確な仕事があって、それを僕らに提示してくれて、どうやれば押せるかという方法を教えてくれた。そうやってつくられたスクラムが、ま、いわば慎さんのスクラムです」
松瀬学(まつせまなぶ)
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