円堂都司昭が読む『俺ではない炎上』信じること、疑うことの難しさ

小説宝石 

『俺ではない炎上』双葉社
浅倉秋成/著

 

住吉初羽馬は、軽はずみにリツイートしたわけではない。腹部に赤い染みをつけ横たわる女性の写真付きで殺害をほのめかすツイートだった。そのアカウントは最近作られたのではなく、さかのぼると十年も前から存在し、かつては生活感のある発言をしていた。写真加工によるフェイクも疑ったうえで投稿は本物と判断し、リツイートしたのだ。それはどんどん拡散され、インターネット民によって殺人犯は大帝ハウス大善支社営業部長・山縣泰介と特定され、自宅住所も晒された。しかし、泰介本人には身に覚えがないことだったのである。

 

浅倉秋成『俺ではない炎上』では、ある日突然一人の会社員が窮地に立たされる。彼は自分の投稿ではないと知っているが、他人からは、なりすましでなく本人だとしか考えられない状況なのだ。炎上騒ぎの標的となった会社にはいられず、警察も理解してくれそうにない。家族から離れ、身を隠すしかない。泰介の情報が広く出回り、彼を狩ろうとする連中が街をうろつくなか、必死の逃走劇が続く。

 

主人公を絶望的な状況に追いこむのは、ネットで彼のことを初めて知った他人ばかりではない。泰介は、これまでの仕事の実績、家族との暮らしで、社内や妻からの信頼を築いてきたと信じていた。だが、逃げているうちに信じていたその足場が崩れていく。一方、問題のツイートを拡散した一人である初羽馬も事件にかかわらざるをえなくなり、自身の判断を省みることになる。そして、ついに真相が明らかになり事件の構図が示された時、読者も足元が崩れる感覚を味わうだろう。信じること、疑うことの難しさに翻弄される作品だ。

 

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『氷の致死量』(早川書房)
櫛木理宇/著

 

死体描写以上に恐ろしいこと

 

教師の鹿原十和子は、赴任した聖ヨアキム学院中等部で戸川更紗に似ているといわれる。十四年前に殺されたその教師は、自分と同じアセクシュアル(無性愛者)だったのではと十和子は考える。一方、連続殺人犯の八木沼武史は生徒の母親を手にかけ、十和子に目をつける。状況が二転三転するなか、二人の対面が近づく。櫛木理宇『氷の致死量』には死体描写以上に恐ろしいことがある。母の望み通りに行動しがちな十和子、殺す相手をママと呼ぶ八木沼など、主要人物が「母」に縛られている。自ら育てたイメージに縛られる彼らの心持ちが怖い。

 

『俺ではない炎上』双葉社
浅倉秋成/著

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-syosetsuhouseki-

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