2022/06/17
坂上友紀 本は人生のおやつです!! 店主
『堀辰雄初期ファンタジー傑作集 羽ばたき』彩流社
堀辰雄/著 長山靖生/編
「堀辰雄」でまず思い出されるのは「風立ちぬ」ですが、実は初期の作品には、意外にも「天使」や「妖精」といった不可思議なものが登場する短篇が多々あります。残念なことに、現在それらが収録された本の多くは全集も含めてほぼ絶版です。そのため、まずは声を大にして本書の存在が極めて重宝であることを伝えたいです!
『堀辰雄初期ファンタジー傑作集 羽ばたき』に収められている小説はどれも、「風立ちぬ」や「菜穂子」といった、いわゆる「サナトリウム文学」であるところの「辰雄の文学」とは、趣を異にしています。「ファンタジー」と言っても過言ではないこれらの作品は、色に例えるならネオンサインのブルー、きらめくブルーで、飲み物に例えるならば、ソーダ水!
というのも、少し冷んやりしていて、ちょっぴり刺激的だからです。また、わりとシュールでもあります。だから「空」や「海」といった「自然由来の青」ではなくて、むしろ「ネオン」や「着色料」といった機械的、あるいは人工的な「都会の青」がふさわしいと思う。
「風立ちぬ」や「菜穂子」、あるいは(ファンタジー的要素を含む作品群と同じ時期に書かれながら系統としては「風立ちぬ」系となる)「聖家族」などが醸し出す高原の雰囲気とは違った、都会的雰囲気が満載の辰雄の初期作品からは、良い意味で「儚げな『風立ちぬ』の堀辰雄」のイメージが覆されます。
が、実のところ彼が生まれ育った場所は東京ど真ん中の麹町で、しかも若かりし頃の遊び場は、大正時代〜昭和初期にかけて、下町ではありながらも当時流行の発信地であった浅草でした。関東大震災で壊れた凌雲閣があったのもこの町です。
となると、都会的雰囲気を纏う文章が書けるのも当然のことで、東京のなかでもいち早く水族館やら映画館やらが作られた浅草で青春時代を過ごしたという事実を鑑みれば、モダンであることも「実に辰雄らしい」と言えるのではないかと思われます。
加えるなら都会が舞台なのに「天使」や「妖精」が出てくるところが、辰雄が辰雄たる所以のような気がしています。
本書の一番初めに収録された「死の素描」には、
医者は僕に注射をする時には、いつも白い服をきた僕の受持の天使を助手にした。
この天使は過失ばかりしていた。彼女は屡々(しばしば)、皮下注射と静脈注射とを混同した。
僕の衰弱した機能は、彼女の過失によって、注射し損なわれる度毎に、脳貧血を起すのだ。
脳貧血は、僕には薄荷(ハッカ)のにおいを嗅がせながら、僕をエレベーターで急速に、意識界から無意識界へ、突き落す。
僕は一度、その発作中に僕の受持の天使がひどく慌てながら、僕の口の中へ無理に赤インクを注ぎ込もうとしているのを、そしていくら僕がそれに抵抗しようとしても僕にそれだけの力がないのを、漠然と感じながら、ズンズン無意識の中へ落ちて行った。
それからふたたび意識を蘇らせた時は、僕はその一切を、自分の発作のためのイリュージョンであると信じようとした。しかしそれ以来、僕は、自分の血になんだか赤インクが混じっているような気がしてならないのだ。
という箇所があるのですが、ここを読むだけでも、なんだかもう疾走感がすごいです! 車で高速をビュンビュン走っているような感覚で、車のライトが青く棚引いて、ぐんぐん後ろに流れていく様が見えるかのよう。バックミュージックを流すならテクノでお願いしたい気持ち!
さらに、最も「疾走しているなぁ!」と感じた「ある朝」も例に挙げてみます。原稿用紙二枚にも満たないこの小説は、
ある朝、僕が目をさましてびっくりしたことには、僕がやっと名刺の大きさぐらいにちぢまっているのである。
という、衝撃の一文から始まります。
「ひょっとしたらこれが僕のほんとの姿ではないのか、そしていつもは人間だと云う意識があるのであのように一人前の大きさに膨らんでいるのではないかと思った。」と続き、その朝は不思議に人間の感覚が持てないけれど、いつものように学校に行かねば……と話は進み、オモチャの小さいオートバイに乗って学校に出かけたら、「戸外(そと)はどういう不思議なこともよく似合ってしまうようなすばらしいお天気だった。風と光線とがすてきによくまざりあっていた。」
ひどく煙草を吹かしたくなってマッチをすった時、僕のオートバイは一人のお嬢さんを追い抜こうとしていて、手からマッチを捨てると、なんということだ、お嬢さんの肩にまだ火のついているマッチが飛んでいってしまった。
続く最後の一文は、
こいつはあやまって来なくちゃならん、そう思って僕が急いでオートバイから飛び降りて走って行って見ると、これはしたり、そのお嬢さんはセルロイドのお人形さんのようにぼうぼうと音を立てて燃えているのである。
……です。これでおしまい。ジ・エンドです。嘘やん! すごく理不尽です。
解説を読めば、「街で行き逢ったお嬢さんがセルロイド人形さんのように燃えてしまうのは、当時のセルロイド製映画フィルムが熱に弱く、しばしば上映中に燃えてしまったことからの連想だろうか」とあり、なるほどそうかもと納得しながら、発想点はそこだとして創り出されたこの「ある朝」の、このコミカルな理不尽さよ、そして疾走感よ!!
「堀辰雄って、こういうのも書くのか」と強く印象づけられたものでしたが、表題作の「羽ばたき」にせよ「ある朝」にせよ、本書には堀辰雄の多様な魅力を改めて知るきっかけがたくさん詰まっています。
一方で最初に紹介した「死の素描」では、そもそも主人公は入院しているし決して健康とも言えず、またそういったモチーフ的なこと以外の端々からも、この先に待ち受けているであろう「『風立ちぬ』の堀辰雄」に繋がる部分を予感させながら、それ以上に都会的でなんならちょっと「ヤンチャっ子☆」とでも言いたくなるような辰雄に出会える『堀辰雄初期ファンタジー傑作集 羽ばたき』なのでした。
最後に、本書の中から「きらめくブルーとソーダ水」を感じるとても好きな一文を紹介して終わります。
彼が麦藁(ストロー)に口をつけていると、青青とした夜空のようなグラスの中では、無数のきれいな星が絶えず音もなくはじけているのだった。
(「夕暮」より)
す・て・き!
『堀辰雄初期ファンタジー傑作集 羽ばたき』 彩流社
堀辰雄/著 長山靖生/編