ニーチェのニヒリズムから分析する、テクノロジーと人間の関係|ノーレン・ガーツ『ニヒリズムとテクノロジー』

馬場紀衣 文筆家・ライター

『ニヒリズムとテクノロジー』翔泳社
ノーレン・ガーツ/著 南沢 篤花/翻訳

 

 

テクノロジーで人は何を目指しているのだろう? その答えはいたってシンプルだ。テクノロジーの役割とは、人間を雑事から解放し、人間でいることを楽しむ余暇の時間を持てるようにしてくれることにある。オンラインショッピング、音声アシスタント、自動制御ドローン…。テクノロジーは私たちに代わって掃除し、買い物し、荷物を運び、労働さえしてくれる。

 

だからこそ、「どこまでがテクノロジーで、どこからが人の仕事かますますわからなくなっている」という著者の言葉を注意深く聞く必要があるように思える。テクノロジーは人間の日常にどこまでも入り込み、好むと好まざるとにかかわらず、人類の発展の一部を担っている。今日、ますますその重みを増している。人間が苦労を苦労とも思っていない行動も、そのうちテクノロジーは肩代わりしてくれるかもしれない。それを踏まえて著者は、人間とテクノロジーの関係を次のように指摘する。

 

「現代のテクノロジーは、私たちが目標に到達する手助けを目指しているようには思えない。それよりむしろ、人の代わりに目標を定めたり、テクノロジーがその目標に到達するには、人の手助けが必要な目標を人間に提示したりすることを目指しているように思える。」

 

スマートフォンの電池残量と通信量の上限に合わせて自分の行動を組み立てたことがあるのは私だけではないはず。あるいは「ルンバの所有者は、ルンバが『好きなやり方』で働けるように自宅を整理整頓しなくてはならない」ことを思い出してほしい。拡大を続けるアルゴリズムへの依存は、人が意思決定の負担を避けて、まるで人がテクノロジーに意思決定してもらいたがっているようだと著者は指摘する。

 

私たちはテクノロジーの進歩と人間の進歩の関係をどのように受け止めるべきなのだろう。テクノロジーが私たちにもたらしているものについて、その分析の手掛かりとなるのが19世紀の哲学者ニーチェのニヒリズム(虚無主義)だ。

 

ニーチェによれば、人間は「自分の無力さを補うものとして『小さな喜び』を利用し、人助けを楽しんで」いるのだという。他者に何かを与えることは、人に優越感をもたらしてくれる。人はこうした行動をとることで、自分の寛大さに酔いつつ残酷な力関係をも楽しんでいるというわけだ。シェアリング・エコノミー(共有型経済)で自分の家を他人に貸したり、見知らぬ人を自分の車に乗せる理由は、これで理解できるという。

 

ニーチェはテクノロジーについてほとんど書き残していないが、人間のニヒリズムについてのニーチェの言葉は、人とテクノロジーの関係を理解するのに大いにヒントを与えてくれそうではある。現代人はテクノロジーを利用して、まるで常に自分を忙しくしているみたいに思えるという著者の指摘にはどきりとさせられた。

 

『ニヒリズムとテクノロジー』翔泳社
ノーレン・ガーツ/著 南沢 篤花/翻訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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