エキゾチックで奇妙で不思議な「怪談」を読もう!

金杉由美 図書室司書

『怪談』角川書店
ラフカディオ・ハーン/著

 

Unsplash David Dibert撮影

 

小泉八雲の「怪談」。

 

作品そのものを読んだことがなくても、収録されている「耳なし芳一」や「雪女」「ろくろ首」を知らない人はほとんどいないだろう。
しかし、日本人が親しんできた小泉八雲の「怪談」は、実はラフカディオ・ハーンが英語で執筆した「KWAIDAN」の日本語訳本だ、という事実はあまり認識されてないように思う。
そもそも原著は、ギリシャ生まれのイギリス人でアメリカの通信社の記者として来日したラフカディオ・ハーンが、日本研究の論文として書きためた原稿を整理し一冊にした書籍。
小泉セツと結婚して帰化し小泉八雲となったものの、日本語の読み書きはほとんど出来なかったらしい。買い集めた日本の民話や怪談話の書籍をセツ夫人が何度も読みこみ、話の骨子を覚えて自分の物語として消化してから、あらためてハーンに語り聞かせたという。
ちなみにラフカディオ・ハーンは54歳で病死してしまったので、その前年にうまれたばかりの乳飲み子をふくむ三男一女をかかえたセツ夫人は、さぞかし苦労したのではないかしら。「怪談」は亡くなる半年前に刊行されている。

 

そして本書「怪談」は、エキゾチックな怪異譚「KWAIDAN」として英語圏の読者が読んだときのインパクトそのままに直訳され、無国籍なにおいのする、実に奇妙な味わいの作品となっている。

 

ホーイチ・ザ・イヤーレスがヘイケ・グレイブヤードでビワを激しくプレイするのである。
吹雪の中のコテージで藁製のレインコートにくるまった少年がユキ・オンナに襲われるのである。
オ・ジョチューに化けたゴブリンに出くわした男はランタンを点す深夜営業のソバ・スタンドに助けを求めるのである。
どこの国のゴーストストーリーなのかよくわからないけど、少なくとも我々の住んでいる日本の話ではなさそうである。

 

どこか遠い異国の不思議な不思議な物語。

 

百年前にこれを手に取った英語圏の読者たちもそんな感想をもったに違いない。
それがまさに直訳版の目的のひとつであるわけだが、それはもう見事に成功している。
初めての読書体験としての「KWAIDAN」。アメージング!
従来の翻訳版と比べながら読むと更にエキサイティング!
岩波文庫の平野呈一訳と併読したけれど、あらためて日本語のもつ表現力の多彩さにうなった。

 

もうひとつ再発見したのは、本書は日本の怪異譚を語りなおした「怪談」と、虫をテーマにしたエッセイ「虫の研究」の二部構成だということ
「虫の研究」の方は円城塔訳での直訳調は控えめだけれど、むしろ平野呈一訳が「怪談」より直訳調になっているのも興味深い。

 

こちらもおすすめ。

『思い出の記』ゴマブックス
小泉節子/著

 

ヘルンさんの好きなものは西、夕焼け、夏、海、遊泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談、浦島、蓬莱。
嫌いなものは、うそつき、弱い者いじめ、フロックコート、ワイシャツ、ニューヨーク。

 

貧しい没落士族の娘で婿養子に迎えた夫に逃げられ、日本にやってきたイギリス人の身の回りの世話をするためにやってきたセツ。そんなセツもヘルンさんが好きなものの筆頭だろう。

 

「死んだら小さな瓶に骨を入れて淋しい小寺に埋めてください、決して泣かないで、子供とカルタをしてください」と微笑んでいたヘルンさんこと小泉八雲は、生前に住みたいと言っていた雑司ヶ谷にある霊園に葬られた。
セツ夫人の書いたこの本には優しくて繊細だった夫への愛が詰まっている。

 

『怪談』角川書店
ラフカディオ・ハーン/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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