2022/09/21
馬場紀衣 文筆家・ライター
『抱卵』
堀真潮/著
本書を読んでなにより印象的だったのがデビュー作とは思えない語りの豊かさだ。表題作の『抱卵』をはじめ、この本には24編もの多彩な短編が収められているが、若者の恋愛を描いたもの、嫉妬からはじまるホラー、友情、復讐、幻想など、とにかくテーマに事欠かない。どれも数分で読めてしまう短い物語だが、果たしてどこへ行きつくのかわからない展開に胸が躍る。
『抱卵』は、ジャーナリストの恋人を遠い異国の戦場で失った女性が主人公。彼が銃弾に撃たれて倒れたとき、胸に抱いていたのが4つの卵だったという語りから物語ははじまる。形見どころか遺言もない。残されたのは謎の青みを帯びた卵だけ。どうするのかと思いきや、女性はその卵を調理して、食べることにする。その味が、ひどかった。
「その途端、土埃のガソリンの匂いが鼻に抜け、粉っぽく甘いものが喉をどろりと通りぬけていく感じがしました。」
と同時に、女性はこの卵に閉じ込められているのが愛する人の記憶だと知る。二つ目、三つ目の卵を口に含みながら、彼女は彼が戦場で抱いていた情熱や決意を知っていく。四つ目の卵がどうなったか、その結末はぜひ読んで確かめてみてほしい。
夫の浮気を題材にした『指切りげんまん』には、ひやりとさせられた。話の中心にいるのは、妻がいながら他の女性との関係を楽しんだ男。彼の食事には3年間ものあいだ「見えない」針が混入し続ける。じつは、男の浮気相手が嘘の代償として針を千本呑ませようとしていたのだ。物語の終盤「一生、私だけを愛してくれる?」という妻の言葉を誓った彼は、その証に、妻の小指と自分の小指を絡めたことを思い出す。
『残りが』もまた、浮気を繰り返す男が主人公。匂いに敏感な妻による夫への復讐とも思える出来事は幻想的で、それでいて恐ろしい。その他にも、風鈴の音に振りまわされて発狂する女を描いた『風鈴』。浮き輪のワニに襲われた子どもたちの体験談『うきわに』。「片思い」と「肩」が「重い」をかけた『かたおもい』など、作品のタイトルもユニークだ。
愛にしろ、恐怖にしろ、幻想にしろ、人の強く過剰な想いによって引き起こされる人間の孤独や弱さ、そうして生じた空虚さや行き場のなさを著者は描きたかったのかもしれない。ページ数は多いのに一気に読めるのは、ショートショート特有のテンポの良さと、それを際立たせる作者の軽やかな筆致によるものだろう。
『抱卵』
堀真潮/著