トレンドなき時代にファッションはどう進化するか|菅付雅信『不易と流行のあいだ ファッションが示す時代精神の読み方』

馬場紀衣 文筆家・ライター

『不易と流行のあいだ』
菅付雅信/著

 

 

ファッションとは何か。トレンドとは何か。今日、その意味が変わりつつある。一因は、どうやら時代性にあるらしい。

 

本書はファッション週刊誌の人気連載にオリジナルの対談を2本加えて書籍化した一冊。著者はファッションの世界を「高い芸術性とあざといまでの商業性、貴族的排他性と貪欲に裾野を広げようとする大衆性が同居する、実に矛盾に満ち満ちた世界」と表現する。たしかに、ファッションはコロナ禍という危機的状況下においてもデジタルショーやメタバースのファッションなど新しい表現に挑戦してみせた。もしかするとこうした激しい変化こそ、ファッションが得意とする分野なのかもしれない。

 

『WWD JAPAN』の編集長との対談で二人が話題にしているのは、ファッションの「怖さ」である。音楽や映画については誰でも語るのに、どうして生活の隅々にまで浸透しているファッションについて語る人は少ないのか、という問いに著者は、ブティックの入りづらさや値段の高さ、オシャレやトレンドについていけない不安などを指摘する。

 

「大学生に話を聞いても、彼らはデザイナーやクリエイターのことを知りたいけど、怖いからブティックに行けない。洋服に袖を通すなんて『本当にとんでもない』くらいに思っちゃっている。そうなると、ファッションを語れる人がどんどん少なくなってしまう。そこにSNSが普及して、他の世界にも簡単に触れられるようになっちゃった。一方でファッションは、やっぱり語りたくても語れない。語れないから語らなくてもよくなっちゃった、という人たちは多いんじゃないかと思います。」

 

こうしたファッションの排他的な側面を解消するには、憧れのブランドを手に入れて一つ上の階層に上がりたいという「高み」を目指す代わりに「奥深さ」という考え方にシフトすることが解決策になるかもしれない。「世の中はとっくに個々がそれぞれ違う奥深さを追求することを認め合う世界になっている」という言葉は、ファッションの世界だけに限ったことではないだろう。

 

トレンドについての会話も興味深い。長期間のパンデミックとロックダウンは、消費者に自律を促すことになった。自分で考えてモノを選ぶようになった今、注目されるのは「自分はこうありたい」という自由な思いだ。しかし問題もある。消費者のバラバラな思いに答えようとした結果、ブランド側はひとつのイメージやカテゴリーに集約できなくなってしまった。こうした業界の傾向にメディアはどのような手段をとることができるか。著者の答えは、トレンドを決めつけずに多様な意見を認め合うコミュニティを下支えするプラットフォームでありたいというものだった。ここにもまた、常に新しさを求めるというファッションの特徴が表れているように思う。

 

『不易と流行のあいだ』
菅付雅信/著

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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