スティーブ・ジョブズが同じ服を着ていたのはなぜ? 消費行動の変化と「シンプルな暮らし」の価値

馬場紀衣 文筆家・ライター

『毎日同じ服を着るのがおしゃれな時代 今を読み解くキーワード集』
光文社新書 三浦展/著

 

アップルコンピューターの創始者スティーブ・ジョブズが同じ服ばかり着ていたのは有名な話だ。イッセイミヤケの黒いタートルネックとジーパンという出で立ちは、すっかり彼のトレードマークになった。どうして毎日おなじ服なのかというと、どうやら経営者やコンサルタントというのは重要な意思決定を一日に何度もしなくてはならないらしく、コーディネートや、ましてやネクタイの模様に悩む時間をとられたくないということらしい。それなら毎日ちがうシャツを着て、靴下やネクタイをたくさん持っている人は意思決定をしていない暇人かというと、そんなことはない。彼らはよほどのファッション好きなのだろうとしっかりお断りを述べたうえで、著者は服装をあえて変えない人について次のように述べている。

 

「今は、毎日服装をとっかえひっかえする人よりも、毎日同じ服を着る人のほうが、どうもおしゃれ、かっこいい、カリスマだと思われる時代のようです。言い換えると、物を買わない人のほうが、しばしばおしゃれでかっこいいと思われる時代なのです。消費が伸びない第一の理由は所得が減ったことですが、所得が多い人もむやみに物を買わなくなったということも、消費不況の一因なのです。」

 

消費行動の変化を読み解くキーワードのひとつが「老若男女同一市場」だ。総務省の「家計調査」の一人暮らし世帯の家計を分析した著者は、若い男性(34歳まで)が主婦化していく一方で、若い女性が男性化(というより脱女性化)しているという傾向を読み解く。さらに、ミドル男性(35歳~59歳)はおうち志向になり、シニア男性(60代以上)は若者化し、シニアとミドルの女性は外向的になっているとも指摘している。弁当男子や料理男子の人気を裏付けるように、今、若い男性のひとり暮らし世帯では生鮮品や家庭用品の消費が伸びているとも語っている。

 

こうした消費行動が毎日同じ服を着ることと何の関係があるのかと思うかもしれない。若い男性が主婦化し、女性が男性化し、シニアとミドル女性が外に出かけるようになったという傾向が示唆しているのは、老若男女の均質化だ。

 

いまや祖父母の世代が孫と同じようにリーバイスやナイキを着る時代だ。親と子が選ぶ服のスタイルやセンスもとても近くなっている。老若男女、誰しも着れる服を売るという「老若男女同一市場」の背景には、こうしたライフスタイルの変化が関係している。

 

車も家電も電話も一家に数台、あるいは一人一台持つことが当たりだった第三の消費社会が2000年代に入り飽和され、第四世代の消費社会では自分専用の物を持たなくてもいいという新しい価値観が芽生えたことも毎日同じ服を着ることと無関係ではないだろう。

 

「ブランドへのこだわりも低下しました。全身ユニクロでもOKと考える人が増えました。自分の個性と無関係だと思う物は、大量生産品でかまわないと考えるようになりました。生活全体を豪華でゴージャスな物からシンプルな物にしようという人が増えました。」

 

私有から共有、共同利用へというシェア志向は、たしかに消費行動を下げる原因かもしれないが悪いことばかりでもなさそうだ。シンプルな暮らしは、エネルギーを浪費しないエコロジカルな暮らしへと繋がっている。高度成長期以前の、伝統的な日本の暮らしを見直すきっかけにもなっているという。

 

『毎日同じ服を着るのがおしゃれな時代 今を読み解くキーワード集』光文社新書 
三浦展/著

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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