読める幸せと見る幸せ……名作だらけの『百年文庫』

坂上友紀 本は人生のおやつです!! 店主

『百年文庫14 本』ポプラ社
「煙」島木健作/著 「シジスモンの遺産」ユザンヌ/著 生田耕作/訳 「帰去来」佐藤春夫/著

 

2010年〜2011年にかけてポプラ社から刊行された「百年文庫」は、当時かなり話題になったので、このシリーズをご存じの方もきっと多いのではないかと思われます。一冊ずつ、例えば「森」、「川」、「星」……といったテーマが掲げられ、そのテーマにそった古今東西の名作が、各巻につき三篇収録されています。それが百冊で「百年文庫」のシリーズを為すのですが、とにもかくにも、内容・装丁・全体のバランス……と、どれをとっても文句なし! 日本文学ばかりの巻も、外国文学ばかりの巻も、どちらも入っている巻もあるのですが、とにかく言えるのは、まさに「百年続くような名作だらけ!」ということです。 

 

この素敵にすぎる百冊は、どれか一冊手に取ったが最後、そらーもうぜんぶ集めたくなってしまうオソロシキ叢書なのですが、刊行から十年以上が経ったいま、残念ながらジワリジワリと重版未定が増えつつあるため(大きい書店には店頭在庫のあることも)、比較的手に入りやすいうちにご紹介できれば!と思った次第でございます☆

 

……が!「百年文庫」の一体どの巻を紹介すればよいのか、百冊すべてが甲乙つけ難いため、なかなか一冊に絞れーん!

 

好きな作品ばかりが入っている巻がオススメでないわけがなく、結婚のお祝いにあげたくなる巻も捨てがたければ、奇妙な話ばかり入っている巻も、それはそれでクセになりそうな独特なる味わいが……。

 

散々悩みましたが、先月オススメした『愛書狂の本棚』に合わせて読むとさらにお楽しみいただけるかも?ということで、「本」がテーマの「百年文庫」14巻に決めました!

 

『愛書狂の本棚』には「本が好き過ぎた結果、世の中に存在する(した)トンデモナイ本」が紹介されていて、一方の『百年文庫14 本』収録の三篇(特にユザンヌの「シジスモンの遺産」は『愛書狂の本棚』に直結するような話)には、ズバリ「本が好き過ぎる人たち」が紹介されているからです☆

 

そんなことで、ようやくの本題になるわけですが、本書には島木健作、ユザンヌ、そして佐藤春夫の短篇が収録されています。あとで詳しく述べますが、この順番も完璧です!

 

最初の島木健作「煙」には作者自身が二年間獄に繋がれたあと、実兄の営む書店を手伝った際の心境などが反映されている、と巻末の「人と作品」(「百年文庫」編集部作成)にあり、その心境とともに、(古)本を商うなかで生じることもあるジレンマ(「本がすき。」から生まれる「内容としての価値」と、「生計を立てる!」ための「商品としての価値」のどちらに重きを置くべきかというジレンマ)も描かれており、それは本屋を営む身にとって切実な問題であるだけに、かなり物語に惹き込まれました。といって物語の主軸はもちろん「心境」のほうにあるのですが、一旦、二作目となるユザンヌの「シジスモンの遺産」に話を移したいと思います!

 

ユザンヌは「十九世紀後半にパリで活躍した稀代の愛書家にして、女性風俗研究家、文筆家、編集者」(同「人と作品」より)であり、「愛書家」の名に負うような書物を自ら執筆・編集しています。ただし、当時刊行された書物の現物になんて今やそうそうお目にはかかれないわけで、見ることができないということは、それすなわち簡単には読めないということと同義です。

 

「百年文庫」シリーズのたまらないところは、このように古書で探すのも一苦労な作品が随所に散りばめられているところにもあります。

 

閑話休題、「シジスモンの遺産」は、ラウールとシジスモンという二人の「愛書狂」の一方であるシジスモンが、お宝どころではない稀覯本を山と遺して亡くなってしまったところから始まります。遺された書物を我が物にしたいラウールは、それらの稀覯本が丸ごとシジスモンの婚約者であったエレオノールに受け継がれたことを知り、愛もへったくれもない結婚を申し込むために、彼女のもとへと駆けつけます。もちろん、愛のないプロポーズが彼女の心に響くわけもなく、さらに厄介なのは、もともと結婚の約束をしていたシジスモンの心を奪い自分の一生を台無しにしてしまった「書物」なるものの存在を、エレオノールが心の底から嫌っているということ……! 何とかして本を手に入れたいラウールと、何とかして本をどうかしてやりたいエレオノール。二人のあいだで戦いの火蓋が!

 

「(略)女房、住居、衣料費、子供、どれもこれも費用のかさむものばかり。となると本代を削らなくちゃならない。そこであの人は古本のほうを選んだってわけ! でも見てらっしゃい、あの憎たらしい古本をわたしがどうするか。遺言で義務づけられているのは保管だけで、大切にする必要はないわけ、そうでしょう–大切にする必要はね! 四十五年間も独りでほっとかれた女の怨みを晴らすのよ。シジスモンの不実の報いをあの古本どもにさせてやるわ。(略)」

 

……と、エレオノールの怨みはそらーもう凄まじく、続く展開も戦々恐々な有り様でしたが、行き過ぎた愛情も行き過ぎた嫌悪も、なべて「書狂」への道に繋がってしまっているではないかーっ!

 

ラウールのなかで「書物」とは、「この世の何者にも変え難い愛すべき存在」であり、エレオノールにとってのそれは、「この世の何者にも変え難い嫌悪すべき存在」。エレオノールにすれば不本意なる結果であるとしても、「本」への入れこみようは、どっちもどっちだぜー! きっとこういう人たちの悲喜交々が『愛書狂の本棚』に出てくるような本を生み出し、後の世まで繋げているのであろうなぁ!と感嘆してしまったわけですが、実は、このあとますますアンソロジーとしての「百年文庫」の魅力が光り輝き出すのです!

 

なぜならば続く三作目、佐藤春夫の「帰去来」の最初の5ページを読んだだけで、衝撃にすぎたユザンヌの物語の余韻が、ある意味で払拭されてしまうから!

 

というのも「帰去来」の最初の5ページが、あろうことか「ただ一文」で成り立っているからで、読み始めて1ページ目を過ぎたあたりで、「あれ? この文っていつ終わるのん?」となるのに2ページ目を過ぎてもいまだ「最初の一文」が終わらない。「もしや『。』を読み過ごしてしまった?」と不安になって再び最初から読んでみても、やっぱり「。」が出てこない。

 

……ので、とりあえず「『。』が出てくるところまで読むぞ!」と気合いを入れて取り組んだのですが、どう慎重に読んだところで、5ページ目に突入です。

 

二作目とは違う意味で「嘘やん!」となりましたが、その長い一文読み終えたときには気分はすっかり「帰去来モード」。オソロシキかな「百年文庫」!

 

ところで初っ端の一文のあとには(たまに数行ある長い文もありながらも)おおむね短めの一文、一文が続いていくために、出だしでちょっと読むのが大変そうだなぁと思った割には結果としては案外読みやすかった佐藤春夫なのでした。イッツ、ア、マジック!

 

さて、そんな「帰去来」には、著者と同じ郷里から都会に出てきた文学を志さなくもない青年が著者の知り合いの古本屋で勤め出すことになり、その勤め先で思いがけぬ心境の変化が生まれるまでが描かれています。ある日、ある日の出来事が微に入り細を穿つ細かさで書かれているため、その結果として感情が動いたことが、共感するしないに関わらずとても伝わる作品で、あっと驚く起伏にとんだ話ではないけれど個人的に好みです。メーストルの「部屋を巡る旅」同様に、主人公は家から出ておらず、あれこれ考えたり話したりしています。

 

「人と作品」には「著者の家に出入りしていた文学青年に、古本屋をやりたいと言っていたが辞めたという者がいた、という素材以外はすべて空想でできた作品であるという」と書かれてあったのできっと関係ないとは思いつつも、一時期本屋を営んでいた森鷗外の息子・類のことが少し頭をよぎらなくもなかったです。なぜなら森類が本屋をオープンさせるとき、新聞広告かなにかに推薦文を(頼まれて)書いた一人がたしか佐藤春夫だったようなうっすらとした記憶があるからですが、それはさておき「帰去来」は「帰去来」で面白かった!

 

……と、それぞれに違う味わいである「本」に纏わる三つの物語と巻末の「人と作品」を読み終わって一息つけば、あの二作目の衝撃と、その衝撃を三作目がある意味なんなく払拭したこととが信じがたく、一方で印象の薄くなってしまった一作目を再読したくなってきたのでした。

 

そして再びの「煙」において、初読時に心に引っかかってきた「ジレンマ」以上に、今度は「いかに生きてゆくべきか」という主人公(=ある時期の著者)の「心境」こそが、より深みを増して立ち上がってきたのでした。……順番、完璧だと思う!

 

そんな14巻「本」でしたが、わたし自身、百冊中まだ六十冊ほどしか読んでいないのですが、毎回「読んでよかった!」と思うだけに、「百冊全部オススメ!」で、なんら問題ないかと思うのです。またその理由は以下にもあります。

 

もうだいぶ昔のことですが、「百年文庫」の総合編集長を務められた野村さんとのメールでのやり取りのなかで、「たくさんの方々からお力をもらってつくったものです。どの巻に何を入れるか最終選定の責任はわたしにありますが、いったいどれだけの人が『編集』に参加してくれたかわかりません。私にとっては出会いに満ちた、感謝しかないような企画でした。」と伝えてくださったことも大変に忘れ難く、またそのような方たちで編まれているからこそ、きっと百年経っても色褪せない!と感じさせてくれるのです。

 

最後になりますが、その装丁についても少しお伝えして終わりにしたいと思います!

 

パッと見だけでもシンプルに美しいのですが、上から見ればスピンの色も実に彩り豊かで美しい。カバーを剥ぐと「百冊すベて、表紙の挿画が違う」(版画作成は百冊とも安井寿磨子さん)上に、各巻の「巻数」が、挿画のどこかに必ず入っているらしき!

 

読める幸せと見る幸せとを噛み締めながら、内容・装丁・全体のバランス……と、どれをとっても本当に文句なしな叢書だな!と改めて嬉しくなる「百年文庫」なのでありました☆★☆

 

『百年文庫14 本』ポプラ社
「煙」島木健作/著 「シジスモンの遺産」ユザンヌ/著 生田耕作/訳 「帰去来」佐藤春夫/著

この記事を書いた人

坂上友紀

-sakaue-yuki-

本は人生のおやつです!! 店主

2010年から11年間、大阪で「本は人生のおやつです!!」という名の本屋をしておりましたが、2022年の春に兵庫県朝来市に移転いたしました! 現在、朝来市山東町で本屋を営んでおります☆ 好きな作家は井伏鱒二と室生犀星。尊敬するひとは、宮本常一と水木しげると青空書房さんです。現在、朝日出版社さんのweb site「あさひてらす」にて、「文士が、好きだーっ!!」を連載中。

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