2023/01/17
小説宝石
『東京彰義伝』講談社
吉森大祐/著
時は明治十五年。山岡鉄舟は明治新政府太政官よりの、戊辰の勲功記録を明らかにせよとの通知を無視していた。このままでは勝海舟一人の手柄となると、鉄舟の弟子で讃岐藩出身の剣士、香川善治郎は気を揉んでいた。当の鉄舟は公職を辞して仏道の修行をしており、勲功は海舟一人で良いという。だが善治郎の熱意に動かされ、維新のほんとうを知りたければひとりの女から話を聞け、と告げる。善治郎は急ぎ、その女、下谷の湯屋『越前屋』の娘の佐絵に会いに行くもけんもほろろに扱われた。だが当時の事情を徳川のサムライや佐絵の幼なじみ、彰義隊の初代頭取などに話を聞くうち、江戸城無血開城や上野戦争に、佐絵が大きく関わっていたことを知る。
三代将軍家光の時代、江戸を守るために開山された上野東叡山寛永寺貫主は、江戸で唯一の皇族として代々天皇陛下の皇子宮が輪王寺宮として下り、庶民の平和を祈り続けていた。幕末の混乱の真っ最中、十三代目貫主となったのは公現法親王能久。一年ほど前に着任したばかりの二十歳そこそこの若者だ。
その無聊を慰めるため、側近が鮎を所望した相手が佐絵であった。大声で笑い、腹にあるものは全部口に出してしまう江戸っ子の佐絵を愛しく思い、その家族や仲間など庶民と出会った輪王寺宮は彼らのために最後まで祈ることを決意する。
いよいよ官軍が江戸攻撃を始めるとの報を聞き、駿府城まで出向き新政府軍に東征中止を嘆願。上野へ攻撃が始まっても最後まで祈り続けた。正史は勝者のものだ。そこにいた敗者の歴史は無いも同然だ。明治維新の本当の立役者は、江戸っ子の矜持を最後まで守った者は誰であったのか。大きな歴史の渦に巻き込まれた儚い恋の物語を味わってほしい。
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『幸福とは何ぞや 増補新版』中央公論新社
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佐藤愛子はこの秋、九十九歳。一度は引退を決めたものの、撤回して雑誌の連載を続けている。本書は一世紀にわたる人生で知りえた「幸福」の姿を短いエッセイで綴る。理想の最期など考えてもしょうがない。静かな死を受け容れる心の準備をすることが人生最後の修行である。幸福は欲望の充足ではない。不愉快なことや怒髪天をつくようなことがあってこそ、人生は面白い。
数々の金言に襟を正さずにはいられない。人生の大先輩にはまだまだ叱っていただきたいと切に願う。
『東京彰義伝』講談社
吉森大祐/著