「企画」を伝えきった先にある「笑える」風景

三砂慶明 「読書室」主宰

『笑える革命』光文社
小国士朗/著

 

私たちの前に、目に見えない大きな壁がある。
どれだけ面白い「本」が目の前にあったとしても、それが万人に届くことはない。
「本」を他の言葉に置き換えても、答えは同じだ。映画でも音楽でも、演劇でも、スポーツでも、宗教でも、言葉でも、私たちのまわりには壁がある。その壁は高くて、分厚くて、越えることはできない。そう考えていた。
しかし、そんなことはないのだと笑いながら教えてくれるのが本書だ。

 

著者の小国士朗さんは、元NHKのディレクターで、数々の番組を手がけてきた。
自分が今、本当に大切だと思うことを、こんな時代だからこそ絶対に伝えるべきと信じていることを企画したTV番組を通して訴え続けてきた。しかし、伝えきれたと実感を抱けなかったと語る。信じられないことに「視聴率がゼロ」という結果に見舞われたこともある。だからこそ、著者の言葉が切実に響いてくる。

 

「僕は、企画というものは、作ったものであれば、絶対に届けなくちゃいけないと思っています。
番組は、見てもらわなくちゃ意味がないんです。伝わらないものは、存在しないのと同じだと思っていました。どれだけ命を削る思いで、心血を注いで作っても、たとえ自分が心の底から大切だと思えるような、本当に素晴らしいものを作ったとしても、それを見てもらえなければ、この世に存在しないのと同じなのです。」(54頁)

 

失敗から学ぶ。言葉にすると簡単だが、それを実践するのは容易ではない。
著者はなぜ届かなかったのかを、一つ一つ時間をかけて検証し、出発点から考え直す。そしてたどり着くのだ。どうすれば、より多くの人に届けられるのかに。

 

まず、企画を届ける相手は、「素人が圧倒的なマジョリティである」ことが前提だ。このことを忘れてはならない。
そして、「伝えたいこと」を多くの人に届けるためには、五つの要素が必要であると説く。その五つとは、「企画」「表現」「着地」「流通」「姿勢」で、それを具体例とともに語る。
にわかに信じがたいのは、著者が成し遂げた企画そのものだ。

 

認知症や若年性認知症を患う人がホールスタッフを務めるイベント型レストラン「注文をまちがえる料理店」。
あるがん患者の「私は、がんを治せる病気にしたいと思っています」という想いに本気で寄り添った、cancer(がん)の頭文字のCがつく商品からCを消して、その商品の売上の一部をがん治療研究に寄付する「deleteC」という企画。
LGBTQと呼ばれる多様な性の人たちと一緒に温泉につかりながら、誰もが楽しめる温泉について考える「レインボー風呂プロジェクト」。
著者は、立ち上げた企画を届け切ることで、認知症やがん、LGBTQといった大きな社会課題を、笑い合える場、みんなが手をとりあって解決するための支援の場へと導いていく。

 

ビジネス書の多くは、ビジネスパーソンが向き合う、目の前の課題を解決するために書かれている。一言でいえば本書が説くのは、これからの時代の企画の原理であり、その具体的な方法である。しかし、本書がユニークなのは、その向こう側の風景が描かれていることだ。それがこんなに笑えて、明るい風景であることに、感動せずにはいられない。本書は、挑戦する人のバイブルだ。

 

『笑える革命』光文社
小国士朗/著

この記事を書いた人

三砂慶明

-misago-yoshiaki-

「読書室」主宰

「読書室」主宰 1982年、兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。写真:濱崎崇

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