「実際的な仕事をする大人」になりたい人が読むべき一冊

坂爪真吾 NPO法人風テラス理事長

『性と芸術』幻冬舎
会田誠/著

 

Unsplash(Timothy Eberly撮影)

 

本書は、2012年~2013年に東京・森美術館で開催された会田誠氏の個展「天才でごめんなさい」で公開され、以後現在に至るまで、主にツイッター上で物議を醸し続けている作品『犬』について、会田氏本人によって書かれた解説書である。

 

2014年6月、会田氏に対して新潟市が第8回坂口安吾賞を授与した際、市民の税金から副賞100万円を贈呈したことに対して、北原みのり氏・牟田和恵氏・澁谷知美氏などのフェミニストや研究者たちが、「ほうっておけない第8回安吾賞-人権の視点から」というシンポジウムを開催し、「市行政による性差別・セクハラ表彰を断じて許さない」と抗議の意を表明したことがあった。

 

新潟市在住であり、安吾賞の関係者にも知り合いがいた私は、このシンポジウムに参加して、終了後の懇親会で、「新潟市民が選んだものに対して、東京や大阪からやってきたフェミニストたちだけで集まって『性差別が~』『人権が~』と抗議するのではなく、安吾賞の関係者も含め、きちんと新潟市民が登壇する場を開いた上で、地元の人たちにも届く言葉で語らなければいけないのでは」という趣旨のことを伝えたのだが、残念ながら、全く話が通じなかった。

 

振り返ってみれば、この時の「会田誠VSフェミニスト」のバトルが、その後現在まで10年近くにわたってツイッター上で続いている「ジェンダー・ウォーズ」=公の場での性表現を巡る終わりなき戦争の発火点になったと言える。全ては『犬』から始まった。

 

ツイッター上で日夜繰り広げられている有象無象のバトル、それ自体が会田誠という稀代のアーティストの手によって生み出された「作品」なのかもしれない。そう考えると、本書の読み方も変わってくるはずだ。

 

現在のツイッターの世界では、アイロニーやユーモアが通用しない。きちんと文脈を読む(読める)人がほとんどいない中で、誤解と誤読、それに基づく「許せない」という感情の連鎖と暴発が常態化し、「とにかく先に怒って騒いだ者が勝つ」世界になっている。「確信的な誤解づくり」を生業とする現代美術家にとっては、こうした状況はむしろプラスに働くのだろう。

 

本書の中で興味深かった点は、『河口湖曼荼羅』を制作した後の著者が、「この世で実際的な仕事をする大人」になることを決意し、形而上ではなく形而下の世界=くだらない現実と寝るポップアートの世界にダイブしたことだ。かつての哲学青年が、高尚な言葉で自分語りに耽溺するだけの青春に見切りをつけて社会派に転向し、政治や金融といったドロドロに人間臭い世界に没入する、という生き方は、よくある話である。

 

自分を知るためには、社会のことを知らなければならない。人間は、社会的役割を束ねた存在なのだから。私も学生時代は社会学オタクで、四六時中、第三者の審級やミクロとマクロの構造連関が云々といった観念的なことばかりを考えていたが、今はドロドロに人間臭い性の現場=性風俗の世界で仕事をしている。そのため、著者の経歴と主張には共感できる点が多かった。

 

人間の矛盾やジレンマを引き受け、くだらない現実にダイブして「実際的な仕事をする大人」を目指すか。それとも、観念的な形而上の世界にとどまり、自らは手を汚さずに、高みから他者をジャッジする「高尚な仕事」を選ぶか。どちらを選ぶのも本人の自由であるが、これからの社会、そして後世で評価されるのは前者であることは間違いないだろう。

 

『性と芸術』幻冬舎
会田誠/著

この記事を書いた人

坂爪真吾

-sakatsume-shingo-

NPO法人風テラス理事長

1981年新潟市生まれ。NPO法人風テラス理事長。東京大学文学部卒。 新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。 著書に『はじめての不倫学』『誰も教えてくれない 大人の性の作法』(以上、光文社新書)、『セックスと障害者』(イースト新書)、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)、『孤独とセックス』(扶桑社新書)など多数。

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