瀧井朝世が読む『名探偵のままでいて』安楽椅子探偵は認知症

小説宝石 

『名探偵のままでいて』宝島社
小西マサテル/著

 

第二十一回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作品。孫が持ち込む謎を祖父が名推理で解き明かす、いわゆる安楽椅子探偵ものだが、その祖父はレビー小体型認知症を患っている、という設定だ。聞けば、今は故人となった著者の父親が、同じ病を患っていたという。

 

小学校教師の楓が遭遇するのは、古書に挟まった訃報記事の謎や、居酒屋で起きた密室殺人事件、小学校で起きた教師が突然姿を消した事件等々。祖父はワセダミステリクラブ出身、孫も古典的ミステリの愛読者であり、先行作品名や作家名が続々登場、愛好家にはたまらない設定となっている。レビー小体型認知症の大きな特徴は幻視であり、祖父は幻視を通して謎を解き明かしていく。その過程で、どこまでも祖父を愛し、思いやる楓の姿も好ましい。

 

ユニークなのは二人の青年の存在だ。楓の同僚教師の岩田と、その友人で劇団員の四季。岩田は料理好きでミステリに詳しくはないが、どうやら楓に気があるらしい。一方、四季は古典ミステリに批判的な立場で、何かと楓に絡んでくるので彼女もムキになって言い返す。そのやりとりもまた、ミステリ愛にあふれていて楽しいのだ。

 

祖父が自分は認知症だと自覚しているかどうかの問題、自覚しても時により現実と幻視の区別がつかない様子、日々のリハビリテーションの内容なども盛り込まれ、それらが謎解きと有機的に結びつく。病を探偵の造形のために利用したのでなく、むしろ病への理解を促す展開になっているのも美点だろう。

 

デビュー作にしてすでに熟練の味わい。次作が待ち遠しくなる作家がまた一人増えた。

 

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『祝宴』新潮社
温又柔/著

 

■あらゆる隔たりを越えて

 

大陸出身の両親を持ち、台湾で育った明虎。半導体メーカーの創業メンバーとなった彼は、日本支社の代表取締役となり、彼の二人の娘は日本で育った。次女の結婚式の夜、三十代の長女が告白した内容は、初老を迎えた彼にとっては意外なもので—。

 

移り変わる時代のなかで、国家や世代、言語や文化の違いが人々の間に隔たりを作ってきた。家族のなかでも生まれる相容れなさを、明虎はどのように見つめてきたのか、そして見つめていくのか。人が葛藤しながらも他者と歩み寄ろうと静かに奮闘する姿がリアルで刺さる。

 

『名探偵のままでいて』宝島社
小西マサテル/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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