たんぱく質たっぷりの鶏肉は、調味料次第で柔らかくなる【親ごはん第10回】
枝元なほみの親ごはん

今回と次回の更新は、父についての想い出を前後編に分けてお話したいと思います。レシピも父に作っていったものを。今回は、高齢者に必要なたんぱく質が食べやすく摂取できる塩麴焼きです。

 

<帰りたい父・前編>

 

脳卒中で倒れたあとの父は、大学病院からリハビリ病院へ、その後老健など二つの施設でそれぞれ1~2ヶ月ずつを過ごして、おぼつかないながらもようやく歩けるようになった。その間母と私は、父を見舞ってからあちこちの施設やホームを訪ねて、退院、退所後に住む場所を探し回っていた。買い物にせよ病院通いにせよ、父の運転だけが頼みのつなだった両親の山里暮らしが立ち行かなくなったからだ。

 

父母二人が一緒に住める有料の老人ホームはびっくりするほど高かった。なんとか探す場所は、どこも手狭な部屋に住み、ご飯は食堂へ食べに行くシステム。母は「みんなで決まった時間にご飯を食べるなんて嫌、料理も洗濯も自分でできないなんて」と言って泣いた。確かに、介護度の違う父母が一緒に住める場所探しはとても難しく、私たちは途方にくれていた。

 

ようやく私の住まいから車で10分ほどの介護付き分譲マンションに住むことに落ちついたけれど、ラッキーだと、よく見つかったと思ったその暮らしは、結局お金で解決したものだった。もう他にどうしようもない、と切羽詰まった気持ちからの選択だった。

 

よく思い出す。あんなに大変な居場所探しの経験をみんながみんなしているのかと思うと、世の中を呪いたくなる。きっと、保育園を探す働く親たちの思いも似たようなものだろう。なんていう苦労を背負うんだろう、今を生きる私たち。

 

80歳を過ぎて始める新しい土地での新しい暮らし。なんとか落ち着いてもらうために、少しの時間でも、何かちょっとした食べ物を持って、または材料を持ってその小さなキッチンへご飯を作りに、仕事を終えてから尋ねるのが私の日課になった。

 

でもそこでの1年半ほどの暮らしは、倒れた後遺症で認知症が始まった父と、父の面倒を他人に見させたくない持病を抱えた母が介護で疲れていくのが重なる時期でもあった。父は不安定になった。認知症の症状を抑える薬の種類によって、攻撃的になることもあれば、ぼんやりと沈んだようにもなった。

 

仕事中に母から電話がかかってくる。

 

「お父さんが、帰る、と言って聞かないの。」

 

仕事を早く切り上げて急いで行くと、父は興奮したような様子で「家に帰るぞ」というのだった。「お父さん、ここが新しい家だよ。」と言っても聞かない。

 

「横浜に帰るんだ、お前は駅まで送ってくれればいいから。」を繰り返す。

 

「帰る。」と言い続ける父を車に乗せて、しばらく近所をまわり、私の部屋に連れてくる。「よくお父さんが運転してここにきたでしょう?」そう言って少し落ち着いたかと思っても、10分もしないうちに「お母さんが心配しているから、帰るぞ」というのだった。再び父を車に乗せて母のいる部屋に戻ると、その途端に「帰るぞ」が始まる。

 

「駅まで送れ」と繰り返す父をもう一度乗せた車を走らせるうちに、どうにも仕方なくなって路肩に止めた運転席で、私は大泣きした。所在無げにぽかんと見ていた父は、しぼんだように大人しくなって一緒に母の待つ部屋に戻ったのだった。

 

よくわかっていた。

 

父が帰りたかったのは、亡くなった弟家族の住んでいた横浜の実家でもなく、両親二人で30年を過ごした山の家でもなく、自分が自分であった、家族が家族であったその<時間>なのだった。

 

戻ることのできない、帰ることのできない記憶の中の時間に帰りたかったのだった。

 

「鶏むね肉の塩麹焼き」

■材料(2人分)
鶏むね肉 1枚(約200g)
塩麹   小さじ2
酒    小さじ1
油    少々

 

 

【1】鶏肉は皮を除いて食べやすい大きさにそぎ切りにする。キッチンペーパーで水けを拭いて塩麹と酒をもみ込み、20分以上おく。

 

 

【2】フライパンに油をひき、1を並べる。ふたをして強めの中火で2~3分焼き、裏返して裏面も色が変わるまで焼く。取り出して、好みで粉山椒、または香りをつけたオイル少々を振る。

 

 

 

<塩麹の作り方>

米麹   200g
塩    60g
※塩は天然塩が好ましい
水    300ml

 

【1】清潔な手で麹をもむようにしてほぐし、塩と混ぜる。水を注いで混ぜる。

 

【2】清潔なふたつき容器に移して、常温で10日程おく。この間、一日1回、ふたを開けてかき混ぜ、空気に触れさせる。とろりとして塩がなじんだら完成。冷蔵庫に移して保存する。

枝元なほみの親ごはん

料理家 枝元なほみ

撮影/キッチンミノル
取材・文/高田真莉絵
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