人気落語家にとって『笑点』に出ることはマイナス?【第78回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

日本テレビ系列の長寿番組『笑点』の名物コーナー「大喜利」で司会を務めていた桂歌丸が、放送開始50周年を迎えた2016年5月22日放送分をもって勇退し、後任司会者の座には春風亭昇太が就いた。

 

歌丸の勇退が発表されたのは4月30日のこと。その時点で後任に誰が起用されるのかが明かされなかったため、マスコミが「次の司会者は誰?」「新メンバーは?」と騒ぎ始めた。その騒ぎ方は一種異様に思えるほどだった。

 

当時、僕は新司会者となったばかりの昇太にインタビューを行なったのだが(「週刊現代」2016年8/20・27合併号掲載)、自身が新メンバーとして加入したときと比較し、こう言っている。

 

「40周年のときには、司会者だった先代の圓楽師匠が勇退されて歌丸師匠が司会になり、僕が新メンバーで入ったんですけど、あの時はこんな大騒ぎにはなりませんでしたよね。この10年で、テレビの世界の中ではなんか不思議な番組になってたってことですかね(笑)」

 

2016年に『笑点』を巡ってマスコミが騒いだ背景には、1月からアニメ放映開始した『昭和元禄落語心中』がきっかけで落語にマスコミの目が向いていたという事実がある。彼らはネタが欲しかった。だが彼らは落語に疎い。そんなとき、タイムリーな話題として『笑点』ネタが出てきたので、「これなら行ける!」と飛びついたのだろう。

 

それは2つのことを意味している。1つは、マスコミではいまだに「落語といえば『笑点』」という認識が存在しているということ。10年前の落語ブームで「大喜利は落語じゃない」と知れ渡ったはずだが、それから10年以上経ってもなお『笑点』はマスコミ的には大きな存在だった。いやむしろ、昇太が言うように「なんか不思議な番組」として『笑点』がテレビ界で目立ってきたのかもしれない。何しろ、ああいう昭和の匂いが強烈に漂う緩い内容で50年も続いているのだから。

 

そしてもう1つは10年前の落語ブームがいかに熱かったか、ということだ。2006年の「五代目圓楽勇退/昇太新加入」がほとんど話題にならなかったのは、前年から続く落語ブームの中で「新たに発見されたエンターテインメント」としての落語それ自体が話題性を持ち、「大銀座落語祭」のように大きなイベントもあったため、新鮮味のない『笑点』はマスコミにとって「ネタとして美味しくなかった」からだろう。

 

勇退する歌丸の後任司会者にはタモリを筆頭とする大物タレントの名が取り沙汰され、新メンバー候補として何人もの人気落語家の名が挙がっていたが、どれも僕には「あり得ない」と思えた。新司会者として予想されていた中で唯一「あり得る」と思えたのは六代目圓楽の「昇格」で、これなら10年前の「五代目圓楽から歌丸へ」という流れに近い。

 

僕も「誰が司会になると思いますか?」という取材を幾つか受けた。僕が答えたのは「司会は現大喜利メンバーが継ぐ。外部からの招聘はない」ということ。すると決まって「レギュラー回答者の座が一人分空きますが、誰が入ると思いますか?」と訊かれ、僕は「落語ファンに人気があるというよりタレント的な知名度がある人」と答えておいた。番組サイドは一般的な知名度を重視するだろうし、落語ファンに支持されている落語家にとって、『笑点』に出るということはむしろマイナスになりかねないからだ。

 

2017年12月27日に発売された月刊誌「男の隠れ家」2018年2月号の落語特集で六代目圓楽が「長年の落語ファンの多くは『笑点』メンバーが嫌い」と言っているが、確かに多くの落語ファンにとって『笑点』とは、「落語じゃない」のに「落語を代表する」みたいになっているのが苦々しく思える存在だったりする。そしてまた、あまりにも有名な番組であるだけに、“『笑点』メンバー”という属性がすべてになってしまいがちだ。

 

昇太は先述のインタビューで僕にこう言った。

 

「『笑点』の新メンバーにって言われたとき、『いや、ちょっと待ってください』っていうのはありました。『笑点』に出たら、必ずキャラクターみたいなものが付くわけで、落語をやる時にそれがマイナスに出るっていう可能性もある」

 

だが、それを昇太はプラスに転じた。

 

「『笑点』に出ると『笑点』だけの人になってしまう可能性があるから、逆に他の仕事をすごく頑張れたんです。『笑点』の持つ力がすごいから、その三倍ぐらい他のところでも頑張らないと、バランス取れないと思ったんですよ。それに認知度が上がったおかげで、やりたかった仕事がもっと来るようになったし。だから本当に、損なことは一つもなかったです。

 

『笑点』ファンと落語ファンは別なんですよね。『笑点』に出ている僕が好きな人は、必ずしも僕の落語を聴いてくれるわけじゃない。でも、『笑点』ファンの人が、たまさか『昇太の落語を聴きに行ってみようか』って来てくれたときに、その人たちを楽しませて帰す自信はあるし、実際、いろんなタイプのお客さんが落語を聴きに来てくれるようになった」

 

5月22日に「新司会者は昇太」と番組内で発表され、翌週5月29日には新レギュラー回答者として二代目林家三平が加入することが明らかになった。番組の視聴率は5月22日以来7週連続で20パーセント超えを記録。もはや『笑点』ブームと言ってもおかしくない状況だ。7月4日発売の「週刊ダイヤモンド」の落語特集で冒頭を飾ったのは「50周年『笑点』に見る落語の栄枯盛衰」なる記事であり、春風亭昇太と三遊亭小遊三のインタビューがそれに続いた。8月24日の日本テレビ系『24時間テレビ』でのチャリティマラソンでは林家たい平が「涙の完走」を成し遂げている。9月1日発売の「月刊テーミス」は日テレ絶好調を牽引するのが『笑点』であるという視点での記事が載り、僕もコメントを求められた。

 

だが、この『笑点』ブームは、2005年の『タイガー&ドラゴン』のように「新たな落語ファン」を産むことはなかった。『タイガー&ドラゴン』が若い視聴者に「落語って面白いかもしれない!」と思わせるドラマだったのに対し、『笑点』はあくまでも「お茶の間の娯楽」として完結していた。だからこそ『笑点』は50年を超す長寿番組になり得たとも言える。

 

つまるところ2016年の『笑点』ブームは、「落語の話題」を求めていたマスコミが「たまたま起きた『笑点』の人事異動」にスポットを当てた、というだけの現象だったのである。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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