グラム直前、素顔のままで真っ直ぐに「異端派」宣言をする―デヴィッド・ボウイの1枚【第74回】
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

28位
『ハンキー・ドリー』デヴィッド・ボウイ(1971年/RCA/米)

Genre: Rock, Art Pop
Hunky Dory – David Bowie (1971) RCA, US
(RS 108 / NME 3) 393 + 498 = 891

 

 

Tracks:
M1: Changes, M2: Oh! You Pretty Things, M3: Eight Line Poem, M4: Life on Mars?, M5: Kooks, M6: Quicksand, M7: Fill Your Heart, M8: Andy Warhol, M9: Song for Bob Dylan, M10: Queen Bitch, M11: The Bewlay Brothers

 

〈NME〉では3位、デヴィッド・ボウイの全アルバムのなかで最上位にランクされているにもかかわらず、〈ローリング・ストーン〉のせいでこんな順位だ! 彼の4枚目のスタジオ・アルバムは、(僕も含む)多くの人々が、悩みに悩んだあげく「これが彼の最高傑作かもしれない」と選ぶことになる、そんな1枚だ。

 

とはいえ、一見派手さは少ない。まだ「グラム前」であり、例の仮面劇的なシステムは発動していない(まあすでに、ジャケット写真ではマレーネ・ディートリッヒの真似をしているし、スリーヴでは「The Actor」とは名乗っているのだが……)。

 

本作のボウイは、たとえば、楽屋で化粧台の前にいる俳優のような状態だった、と言えるかもしれない。「素顔のままで」未来の自分が演じることになるだろう思想や美意識を素描してみた……そんな、なんともみずみずしい輝きに満ちた楽曲が並ぶ。

 

彼のテーマ・ソングとも言えるM1に象徴されるような、ピアノの弾き語りを発展させた感じの名曲が目立つ。M2はSF怪奇小説のような描写で、新生児を称揚する(「パパやママを困らせたって構わない/きみは人類以上〈Homo Superior〉になる道を作るんだから!」)。しかしこの傾向の極点は、なんと言っても、M4「ライフ・オン・マーズ?」だ。ボウイのベスト・ソングと呼ばれることも多い1曲だ。

 

この曲は、孤独でぱっとしない少女が見飽きた映画を見ている、そんな情景を歌う。ただそれだけのストーリーが、驚異の筆さばきで世紀の名曲へと昇華させられていく。ゴージャスなストリングスとともに、大宇宙に解き放たれる……2016年度ブリット・アワードでのボウイ追悼パフォーマンスはすさまじいステージだったが、このとき弱冠19歳の女性歌手ロードによって演じられたのも、この曲だった。

 

孤立する者、日陰者、隠れて暮らすミュータントのような者……こうした存在の、なかでも「少年少女たち」へのエールに、本作は満ちている。「僕も同じなんだ」と彼は言っている。これがボウイの「基本的なスタンス」となり、それは終生一度も微動だにしなかった。ペルソナは変転しても、彼の「この部分」は不変だった。

 

M10のエッジの立ったロックンロールが、ボウイのこの直後の大跳躍を予言している。「火星から来た蜘蛛群」と名乗ることになるバンドの顔ぶれは、すでに本作にて集結していた。ジギー登場の、まさに前夜がここにある。

 

次回は27位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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