愛が僕らをふたつに引き裂く、と墓碑銘にはあった【第56回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

46位
『クローサー』ジョイ・ディヴィジョン(1980年/Factory/英)

Genre:Post-Punk, Gothic Rock
Closer – Joy Division (1980) Factory, UK
(RS 157 / NME 16) 344 + 485 = 829

 

 

Tracks:
M1: Atrocity Exhibition, M2: Isolation, M3: Passover, M4: Colony, M5: A Means to an End, M6: Heart and Soul, M7: Twenty Four Hours, M8: The Eternal, M9: Decades

 

スコア欄の英高米低傾向が、本作の性格を象徴的に物語っている。彼らにとって第2作であるこのアルバムがリリースされるちょうど2カ月前、1980年5月18日、ヴォーカリストにして「負のカリスマ」だったイアン・カーティスが自宅で首吊り自殺する。享年23。初のアメリカ・ツアーに出発する前日のことだった。発見されたとき、彼のレコード・プレイヤーにはイギー・ポップのアルバム『イディオット』があり、まだそのままの状態で回転していたという。

 

インディー・ロック・ファンに歓迎されたデビュー作以来、順風満帆に見えたバンドに起きたこの事件は衝撃的だった。本作の録音はカーティス存命時の4月に終了していた。しかしまるで、事後の混乱と人々の痛みをあらかじめ見越して、それを吸収するために用意した底なしの暗がりが、ぽっかり口を開けているようなアルバムがこれだった。そして、この憂鬱に、「暗さ」に、イギリスを中心とするインディー・ファンが耽溺した。また、ピーター・サヴィルによるスリーヴ・アートが、たまたまイタリアはジェノバの墓所の写真を使っていたことと合わせて、闇の世界とどこか通じているかのような、ゴシック文化の波動を感じ取った層もいた。M1、M2、M9などが聴きどころだ。本作発表直前にリリースされたアルバム未収録のシングル「ラヴ・ウィル・ティア・アス・アパート」は、バンド最大のヒット曲となった。

 

コミュニケーション不全と孤独を歌うカーティスのバリトンをバッキングしたのは、シンセサイザーを駆使し、メロディーを弾きまくるベースに先導される「ポスト・パンク」の嚆矢となるスタイルだった。残った3人は「ニュー・オーダー」と名をあらためて、80年代イギリスを代表する国民的バンドとなる。カーティスの急逝を題材とした曲「ブルー・マンデー」(83年)は初の国際的なヒットとなった。

 

彼らの故郷は、イングランド北部の都市、マンチェスターだ。ここはバズコックスからオアシスまで、幾多のバンドを生み出した音楽都市だ。産業革命時は平均寿命(平均年齢ではない)が25歳という、大公害の工業都市でもあった。だからこの地のエッセンスの「最もダークなところ」を集めたブラックホールがジョイ・ディヴィジョンだったのかもしれない。ちなみにこのバンド名は、ナチス・ドイツが強制収容所内で運営していた慰安所、つまり売春施設の名称から取ったものだった。

 

次回は45位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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