圧倒的技巧が冴えわたる短篇集 『残りものには、過去がある』縄田一男
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agarieakiko

2019/03/04

圧倒的技巧が冴えわたる短篇集

 

『残りものには、過去がある』新潮社
中江有里/著

 

 作家、中江有里の実力を見せつけた六篇からなる連作集である。人生における大きなセレモニーの一つである結婚披露宴——様々な事情からそこに関わることになった、これは六人の男女の事情をロンド形式で描いた力作だ。新郎・伊勢田友之は家庭向け清掃会社「イセダ清掃」社長で四十七歳。新婦・鈴本早紀は、同社の契約社員で二十九歳。年の差婚とも格差婚とも呼ばれている。

 

 第一話「祝辞」は、新婦の数合わせのレンタル友だちとして宴に呼ばれた栄子が、自身の結婚生活に影を落とす上手くいかない不妊治療に思いをはせながら最高のスピーチをする、切ない物語。と思いきや、第二話「過去の人」では軽妙な筆致の中で祝儀泥棒が出没する。

 

 そして第三話「約束」と第四話「祈り」で、はやくもこの作品は頂点を迎える。前者は新婦・早紀にコンプレックスを抱き続けてきた従姉の貴子の物語。ながいあいだ、早紀に理不尽な妬(ねた)みを抱き続けてきた貴子は「結婚式に呼ばれることが罰なのかもしれない」と思い続けるが、ラストで彼女をやさしく包む早紀の約束の何とあたたかなことか。そしてこの一篇は、短篇技巧としても他を圧している。また後者は、婚約者がいるのにもかかわらず合コンで出会った伊勢田の内面(彼は、いせ福という仇名を持ち、ずんぐりむっくり。イケメンでもない)に魅かれていく美月の物語。結局、彼女は衝動的ともいえる婚前不貞を犯してしまい、二兎を逃してしまう。が、ラストの祈りは前者の約束同様、彼女を救う。第五話「愛でなくて3も」第六話「愛のかたち」は、新郎、新婦の物語。精緻に張られていた伏線が大団円に向けて見事に回収されている。小説の力ここにあり。

 

カルト的人気を博した映画原作、初の日本語訳!

 

『ピクニック・アット・ハンギングロック』東京創元社
ジョーン・リンジー/井上里・訳

 

私は、この小説の映画化作品を劇場では観ていない。確かまだレンタルビデオが一本千円近くしていた頃に、面白そうだと借りて来て、とたんに魅せられたのだ。いや憑(つ)かれたという方が正しいかもしれない。

 

 絶好のピクニック日和(びより)の日、アップルヤード学院の女子学生たちが、ハンギングロックへ向うが、一人を残して全員が失踪してしまう。この作者自身、夢に見たことを書いた(訳者あとがき)とも、事実であろうと創作であろうと問題ではない、とも断じている物語は、ようやく日本語で陽の目を見、また、多くの人々に憑くに違いない。実に不思議な物語であり、この小説の邦訳が成ったことは、今年の日本ミステリ界にとっての一つの事件だ。

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