ryomiyagi
2020/01/06
ryomiyagi
2020/01/06
みなさんは、五輪2連覇を成し遂げた結弦の精神力の強さを賞賛します。
でも、僕からすれば精神力が強いというよりも、痛みに強いのです。そして痛みに対する向き合い方が、他の選手と違うんです。
ケガをすると誰だって落ち込みます。そのケガが大きければ、絶望的な気分になってしまいます。
結弦はケガをしたという現実を受けとめたら、すぐに前を向くことができるのです。痛みを抱えながらも、あきらめずに前に進もうとするのです。
たしかに重いスケート靴を履いて、ジャンプするフィギュアにはケガがつきもの。捻挫は日常茶飯事です。いちいちケガなんかでクヨクヨしていられない、というのがあるかもしれません。
でも、結弦は、それに加えて、ケガしたことを後悔したり、悩んだりしません。人のせいにすることも言い訳をすることもありません。
そこで、今の自分にできることは何かを考えることに専念できるのです。深刻に考えすぎず、「しょうがないな」と切り替えることができるんですよね。
さらに痛みさえ「自分が成長するために必要なこと」と、自分が進化するためのエネルギー源として考えているんです。
結弦をはじめ多くのアスリートのサポートをした経験から、僕の施術で見えてきたことがあります。
それは僕の施術だけでは、患者さんの痛みを完全にとることはできないということです。
肩こりや腰痛、ひざの痛みなどの慢性的な痛みは、病院に行っても治らない場合があります。そもそも腰痛の85パーセントは、原因不明だと言われていますよね。
原因がわからない痛みには、自律神経が大きく関係しています。
自律神経のバランスが乱れると、血流が悪くなります。酸素や栄養がたくさん含まれた血液が全身に行き届かなくなります。血液中の老廃物や疲労物質が代謝されなくなるため、筋肉が縮んで、ガチガチに硬くなってしまうんです。
筋肉のなかを通る血管も圧迫され、さらに血行が滞る、という悪いスパイラルに陥ってしまうのです。
腰痛や肩や首などの痛みの原因は、柔らかい筋肉が硬くなる「筋硬結」から起こります。この筋硬結は、自律神経の乱れによって起こります。
骨格のゆがみ、生活習慣の乱れ、食生活の問題によっても起こる場合もありますが、やはり自律神経のバランスが大きく関与しているのです。
わかりやすく言うと、肩こりは筋硬結がまだ小さいときに起こる症状です。進行すると筋硬結が広がって、最終的に肩全体が硬くなってひどく痛むのです。
肩こりの段階で、どうするかというと、みんな、自分の手でなんとか揉みほぐそうとします。強い力でマッサージをするんです。
たしかに、揉むとコリはほぐれます。一時的には楽になります。血液の流れが一時的に改善されますからね。でも、揉むことによって、筋硬結がどんどん大きくなっていくのです。
僕が筋硬結をとるときは、強い力は必要ありません。筋肉を伸ばした状態にして、柔らかく触っていくことで筋硬結は小さくなっていくんです。
ただし、これは根治療法ではありません。また、しばらくすると、こりが出てきて、痛みが再び出てしまうのです。
その理由は、そもそも自律神経のバランスが乱れているからです。
自律神経をいい方にコントロールできるのは本人だけです。
痛みを根っこから治せるのは、患者さんの力なのです。
多くのスポーツ選手たちを指導してきたのが「夜10時には寝るように」ということです。
眠りには“ゴールデンタイム”があり、夜10時から午前1時と言われています。この時間帯で、とくに浅い眠りのレム睡眠のときに成長ホルモンが大量に分泌されます。
この成長ホルモンは、疲労回復やダメージを受けた細胞の修復を助けてくれるのです。当然、ケガをしたり疲労が蓄積したりしている箇所の修復作業もすみやかに行われます。
良質な眠りに欠かせないのは、リラックスモードの副交感神経の働きを高めることです。そこで迷走神経を刺激するのです。脳から腸まで走っている迷走神経は副交感神経由来の唯一の神経です。
みぞおちを押すことで、迷走神経が刺激され、副交感神経が優位に働きます。いわば、みぞおちは、深い眠りを誘うスイッチなのです。
僕は、平昌五輪後の2018―19シーズンを前に「チーム結弦」を抜けました。
平昌五輪の直後に、結弦から、
「先生、これからもよろしくお願いしますね」
と言われ、「あ~いいよ」と簡単に答えましたが、日本に帰ってきてから、考えを改めたんです。
結弦は、最高の演技をするために、試合前から1分、1秒も狂わないような、完璧なルーティンを組んで調整していきます。
研ぎ澄まされた感覚とピーンと張り詰めた緊張感のなかで、結弦がそのためにどれだけ精進を重ねてきているか、僕もわかっています。
ただ僕には、その1分、1秒を調整するトレーナーとして、精神的にも肉体的にも年をとりすぎました。
平昌五輪のあと、結弦に送ったメールの最後にこう書きました。
《今度は自分のために歩いていけ、自分の足で歩け!》
まあ、そのメールの返事はありませんけれど。でも、それでいいんですよ。
「あ、先生。この前、メールありがとう」
どこかの会場で、観戦している僕をみつけて声をかけてくれるでしょう。
以上、『強く美しく鍛える30のメソッド』(光文社)から一部抜粋しました。
菊地晃(きくち・あきら)
1956年宮城県生まれ。’90年、「寺岡接骨院きくち」を開業。さまざまな不調や怪我を抱える数多くのアスリートや患者を診てきた。接骨院での施術の傍ら、毎週日曜に体幹トレーニング教室を開催し、多くの小中学生を指導している。2020年東京パラリンピックに向け、パラアスリートのサポートも行う。
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