コロナ禍の1年…世界のリーダーたちは「どんな言葉で市民を動かしたのか」通信簿
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ryomiyagi

2021/02/22

 

2020年、新型コロナウィルスの流行で世界はパンデミックに包まれた。渡航制限にロックダウン、それによる経済の低迷、失業者の増加や医療崩壊といった未曽有の事態に、各国中枢の政治手腕が今までになく問われることとなった。未だ終息の見えないコロナ禍。この危機を乗り越えるためのリーダーとは、市民社会とはどのようなものなのか? 『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)では、海外在住の7人のジャーナリストたちがコロナ禍での各国対応を読み解く。

 

言葉に気遣いをこめたベルギー臨時内閣首相

 
コロナ禍のベルギーを率いたのはなんと、臨時の首相だった。新政府樹立までに541日もかかったこともあるほど、組閣に時間がかかるベルギー。コロナの波が最初にベルギーに押し寄せた時点でも、2018年末に政権が崩壊したまま、2019年5月の総選挙を経ても組閣できていない状況だった。そんな中、暫定政権の首相代行からコロナ危機臨時首相に就任したのが、ソフィー・ウィルメス氏だった。
ベルギー国民ですら顔と名前が一致しない程の知名度だった彼女はしかし、ベルギー政界お馴染みの政治家たちからは出ないような体温のこもった言葉で国民を動かした。
緊急事態宣言を発表した際にウィルメス氏が話したのが、次のような言葉だ。

 

「高齢者を思いやってあげてほしい。出かけられなさそうだったら、必要なものを届けたり、買い物をしてあげてください。どんな人がハイリスクかをもうご存知でしょう? 周りにいる弱い方を守ってあげてほしいのです。(中略)
日夜この危機の最前線にいる方々のご苦労に感嘆しています。例えば、医療関係者のみなさんの。でも、彼らだけではないのも知っています。みんなで、連帯して、家族や近しい人たちで助け合ってほしい。周りの人々が元気にしているか時々声をかけてください。ネットなどを使って。2020年、私たちには、家族に会うことができなくなっても、ITという術があるはず。もちろん、バーチャルでは完全に代替できないこともわかっているけれど、役には立つでしょう。ソーシャルディスタンスが『社会的孤立』を意味しないように。今だけの物理的距離が、『孤独』に繋がらないように」

 

形式的な注意喚起だけではなく、こうした気遣いをみせ国民を鼓舞し続けたウィルメス氏は、2020年9月末新政権が樹立すると副首相に就任した。執務室を新首相に譲り渡す際には、半年間ウィルメス首相と共にコロナ対策に奔走したスタッフたちがずらりと並び拍手で見送った。中には涙するスタッフもいたという。

 

 

強権的なリーダー像から一転、謙虚さを示したフランス大統領

 

フランス大統領エマニュエル・マクロン氏は、コロナ禍を戦争に例えて国民の連帯を呼び掛けた。「これは戦争です」という言葉を連発し、「聖なる団結」「国民総動員」など戦争的レトリックを多用した言葉で国民に感染防止対策の徹底を促した。しかし、戦争を知らない若い世代であるマクロン氏が軽々しく「戦争」を持ち出して語ることや、現実の医療体制不備に目を向けず「~してください」「~すべきです」「~は禁止します」など上からの命令ばかりなことに国民は反感を覚えていた。
そんな中、2020年4月、マクロン氏は外出禁止の段階的解除についての発表で態度を一転させる。

 

「正直に言いましょう。政府の感染症に対する準備は不完全でした……私自身、失敗した政策、遅すぎた対応、無意味な手続き、ロジスティクスの弱い部分に気づきました。私の責任でした」

 

「この感染症は、私たちが弱く儚い存在に過ぎないことを教えてくれます。すぐに、COVID-19以前の生活に戻ろうとするのはやめ、今こそこれまでのありきたりの考え方やイデオロギーから外れてみて新しい考え方を見つけましょう。まず私からしてそうすべきです。この危機は一つのチャンスです。再び強く連帯し、私たちの人間性を証明し、力を合わせて、新たな計画を立てるチャンスです。みんなが一緒に生きる理由になり得る計画を立てましょう。……国民のみなさん、また、幸せな日々がくるでしょう。私はそう信じます。私たちの連帯、信頼、意思といった今日まで私たちが頑張ってくることを可能にした力で、ともに未来を築きましょう」

 

元よりエリート気質で庶民の声に耳を傾ける政治家とは言えなかったマクロン氏が、このような謙虚な姿勢を示したことは衝撃的だった。極左、極右含めた62%の国民が、この演説を「説得力があった」と評価している。

 

キャッチフレーズで国民をまとめたイギリス首相

 

「政界の道化師」「お騒がせ男」「人間オランウータン」などあだ名で親しまれている男。それがイギリスのボリス・ジョンソン首相である。名門イートン校、オックスフォード大学出のエリートでありながらユーモあふれる発言で人気の彼は、コロナ禍でもその言語センスを発揮した。その一つが、2020年3月、ロックダウンを宣言した際に繰り返し口にした「ステイホーム」という言葉だ。

 

「私は今日この晩から国民の皆さんにとてもシンプルな指令を出さなくてはなりません。それはステイホーム。家にいなくてはいけないということです。……(中略)
現状では容易な選択肢はありません。
目の前の道は険しく、たくさんの命が失われる可能性があるという悲しい事実に変わりません。
それでも、ここから抜け出すための明らかな道があることも事実なのです。……(中略)
今、ともに参加することは義務なのです。
この病気が広がることを阻止するために。
私たちの国民医療サービス(NHS、イギリスの国民健康保険)を守るために。
何千もの命を救うために。……(中略)
だからこそ、この国家非常事態において家にいてください、私たちのNHSを守ってくださいと私は要請します。
ありがとう」

 

ジョンソン首相はこう簡潔なセンテンスで注意を呼びかけ、「ステイホーム」という子供にもわかるフレーズを繰り返した。この演説の翌日、医療現場周辺のボランティアを募集するとわずか24時間のうちに50万人が応募し、最終的には100万人が集まった。首相のスピーチに刺激を受けた人々が少なからずいた証だろう。
この他にもジョンソン首相はキャッチーなフレーズを使い、コロナ禍を乗り切るための団結を促した。「ステイホーム」の外出禁止期間の後には「ステイアラート(気を緩めないで)」という言葉で警戒心を保たせ、経済再建計画を始めた時には「Build Back Better(前よりよいイギリスを再建しよう)」と、語呂を合わせた標語を掲げた。

 

『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』では、ここで紹介した3人を含め、7人の政治家たちの言葉が紹介されている。もちろんただの言葉が魔法のようにコロナ禍を丸く収めたということはない。しかし、コロナ対策の成果を出している国のリーダーがどのように国民と接していたのか。その姿勢からは学ぶことがある。

 

文/藤沢緑彩

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コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿

コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿

栗田路子・プラド夏樹・田口理穂・冨久岡ナヲ・片瀬ケイ・クローディアー真理・田中ティナ

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