人の心理をポジティブに変える「ジャイアン効果」とは?
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ryomiyagi

2019/12/06

 

「差別化」がマーケティングの常識と言われるこの時代に、なぜ通販会社はあえて似たような広告を作るのか。答えはもちろん、「勝ちパターン」があるから。本書では、その「勝ちパターン」のための『7つの鉄板法則』を、東京大学大学院の心理学者の監修の元、解き明かす。

 

※本稿は、香川勝行・妹尾武治・分部利紘『売れる広告 7つの法則』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

消費者の心をつかむストーリーは「ネガティブからポジティブ」

 

■「ジャイアン効果」とは

 

ジャイアンは嫌な奴である。すぐに殴ってくるし、借りたものは返さない。そもそも、借りたというか、無理やり取られたわけで、本当に理不尽な男だ。しかし、それでも、彼は憎めない、いい奴だという評価を得ている。なぜか? それは、彼がたまに(特に映画で)物凄く頼れるいい奴になる時があるからだ。万策尽きて、絶体絶命の中でも、ジャイアンが先陣を切って、自分の命を顧みず、戦いに挑む。そんなジャイアンを見て、我々は日々の嫌なジャイアンを帳消しにして、「なんていい奴なんだ!」と思ってしまう。

 

この心の働きは、ネットスラングで「ジャイアン効果」と呼ばれているようだ。普段はネガティブな印象であるが、たまにポジティブな印象が効果的に入り込んでくることで、全体としての印象が大きくポジティブ側に振れるという効果だと思ってもらえれば良いだろう。

 

この効果のことを心理学的に最も正確な表現で言えば、「ゲイン・ロス効果」である。

 

■「ゲイン・ロス効果」

 

ゲイン・ロス効果は、1965年にミネソタ大学のアロンソンとリンダーによって報告された心理的な現象である。「ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・ソーシャル・サイコロジー」誌上で報告された科学論文に書いてある、彼らの実験を丁寧に紹介してみたい(Aronson & Linder, 1965)。

 

被験者は80名のミネソタ大学の女子学生だった。被験者は、大学の実験室に呼び出され、実験者から「今からあなた(被験者)を入れて2人の学生がこの部屋に来ます。皆さんには、私(実験者)のサポート役と被験者をやっていただきたいのですが、もう1人はまだ来ていないので、あなたにはサポート役になっていただきます」と説明を受ける。

 

この説明から数分後にもう1人の女学生がやって来て観察室に入るのだが、この女学生、実はサクラ(嘘の被験者)であり、金銭で雇われて、事前に言動を指定されていた人だった。もちろん、サポート役となった真の被験者はそのことを知らない。

 

実験者は何食わぬ顔で、真の被験者に対して、観察室の女性(サクラ)と会話をすること、その後、サクラが実験者と行う会話を別室でこっそり聞きながら、会話の中で複数名詞が何回出るかを数えること、以上の作業を7セット行うことを指示した。つまり、サポート役を務める真の被験者は、サクラと会話をした後で、そのサクラが実験者と会話をしているところを盗み聞きするように求められたわけである。

 

このサクラと実験者の会話の中で、サクラは直前に会話をしたサポート役(真の被験者)に対する評価を吐露し始める。その内容には、4つの条件が仕掛けられていた。

 

それは、(1)7セットの前半も後半も、ポジティブなことを言うポジ‐ポジ条件。(2)前半も後半も、被験者を悪く言う(ネガティブに言う)ネガ‐ネガ条件。(3)前半はポジティブ、後半はネガティブなことを言うポジ‐ネガ条件。(4)前半はネガティブ、後半はポジティブなことを言うネガ‐ポジ条件の4つであった。

 

なお、前後半でいきなり評価が逆転すると不自然であるため、ポジ‐ネガ条件やネガ‐ポジ条件では、後半開始から徐々に評価を変えていった。

 

実際に用いられたネガティブ表現は、「会話がつまらない人」「超普通の人」「全然賢くない」「多分あまり友達がいない」といったものであった。自分が第三者に陰でこのような評価を下されていると知ったら……想像するだけでも恐ろしい表現であった。一方、ポジティブ表現としては、「賢い」「面白い」「好ましい」といったものだった。

 

実験後、サポート役をさせられた真の被験者は、裏で自分を好き勝手評していたサクラに対して、-10点(非常に嫌い)から+10点(とても好き)の21段階のアンケートで評した。その結果が図6だ。

 

 

サクラに対する評価値は、ネガ‐ポジ条件で7・67、ポジ‐ポジ条件で6・42、ネガ‐ネガ条件で2・52、ポジ‐ネガ条件で0・87となっている。

 

つまり、ずっとポジティブでいる相手よりも、前半ネガティブから後半のポジティブで盛り返した相手のほうが、印象はより良くなるのである。同様に、ずっとネガティブでいる相手より、前半ポジティブだったのに後半にネガティブに手のひら返しをされたほうが、トータルとしての相手の印象は悪くなってしまうのである。

 

つまり、明確なジャイアン効果が得られたのである。この効果のことを論文では、「ゲイン・ロス効果」と呼んでいる。ずっと同じ態度の人よりもギャップがあったほうが、ポジティブにもネガティブにも印象が強まるのである。まさに、ツンデレのほうが「イイ!」のである。

 

この結果から分かるように、相手にポジティブな印象を与えるには、はじめにネガティブで落としておいてから、後でポジティブに転じるのが最善の策なのである。

 

■良い警官・悪い警官

 

最後に、ゲイン・ロス効果を応用した手法を紹介しよう。刑事ドラマを思い出してほしい。被疑者に自白を迫る警官はどんな人物だろうか。多くの場合、2人いる。1人は横暴で高圧的に接する警官(若めの警官)だ。これは、嫌な奴、悪い警官だ。この悪い警官が先に被疑者に接し、ネガティブな印象を与えるわけだが、そこでもう1人のお出ましである。そのもう1人とは、悪い警官の高圧的な態度をたしなめたうえに、被疑者に温和に接する良い警官(少し年配の警官)だ。この良い警官によってポジティブな印象がもたらされたところで、被疑者が落ち、自白を始める。これが相場となっている。

 

実はこの手法、交渉では古くから使われるもので、その名も「good cop/bad cop(良い警官・悪い警官)」と言う。そのままである。この手法の効果について、カナダの名門・クイーンズ大学のブロットらが、「オーガニゼイショナル・ビヘイビアー・アンド・ヒューマン・ディシィジョン・プロセシィズ」に2000年に発表した研究をもとに見ていこう(Brodt & Tuchinsky, 2000)。

 

この実験の被験者は、最初に「あなたは現在、卒業や卒業後の就職にも関わる重要なグループプロジェクトに参加しており、他のグループメンバー2名から別々に、プロジェクトの論文を書くように説得を試みられている」と説明された。被験者は、事前テストとしてこの時点で「論文を書く作業を、どれくらいの確率で受け入れるか」を評定した。

 

その後、被験者は他の2名のメンバーから論文を書くように説得を受けるのだが、その説得の仕方には「良い警官・悪い警官」に対応して4種類があった。

 

その4種類とは、(1)2名とも被験者の意思を尊重してくれる受容‐受容条件、(2)2名とも被験者の意思を尊重してくれない拒否‐拒否条件、(3)被験者の意思を尊重してくれるメンバーが先に、尊重してくれないメンバーが後に説得してくる受容‐拒否条件、(4)被験者の意思を尊重してくれないメンバーが先に、尊重してくれるメンバーが後に説得してくる拒否‐受容条件であった。最後に被験者は先ほどと同じく、「論文を書く作業を、どれくらいの確率で受け入れるか」を評定した。

 

ややイメージしにくいかもしれない。要は、あなたは、自分が参加した大きなプロジェクトについて、事業内容や成果などの詳細な報告書を書くようにメンバーたちから説得されている。メンバーのある者(受容)は、あなたの「面倒だ」「書きたくない」という気持ちに理解を示しながら。また別の者(拒否)は、あなたは書くべきだと一方的に指示しながら。そのように考えていただければ問題ないだろう。

 

その結果が図7である。図から分かるように、説得を受ける前の段階に比べ、メンバーの要望を聞き入れる確率が高まった条件が1つだけある。それが拒否‐受容条件だ。

 

 

悪い“警官”によってネガティブな印象を与えられた後に、良い“警官”によってポジティブな印象が与えられる。すると、最初のネガティブな印象が基準となり、ポジティブな印象が際立つ。その結果、人はポジティブな印象をもたらした人の要望を受け入れがちになった。ネガティブからポジティブになると「落ちる」……これはゲイン・ロス効果と全く同じ構造だ。

 

消費者の心をつかむ広告は、このような「ギャップ萌え」の心理や「ツンデレ」に惹きつけられる人の心理をうまく利用しているのである。

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