夏に冷んやり…!櫛木理宇さんの集大成的サスペンスミステリー|最新刊『虜囚の犬』
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ryomiyagi

2020/08/08

櫛木理宇さんはライトな青春小説とダークなホラー小説という2領域を融合したり書き分けたりして迫力ある作品を発表し続けています。新作は「実在するシリアルキラーをモチーフにした」(櫛木さん)恐ろしさマックスのサスペンスミステリー。夏の暑い夜にピッタリの一冊です。

 

絶対的な強者は存在するのか──。それが本作のメインテーマです

 

 

虜囚の犬
角川書店

 

「デビューして3、4年したあたりで『要するに私が書きたいのって広義の“残酷”なんだな』と気づきまして。なので今回も、メインの『謎』と同じくらい要は『残酷』(以下略)」(7月1日)。

 

 そう櫛木理宇さんがツイッターでつぶやいておられるくらい、新刊『虜囚の犬』はむごくて恐ろしいサスペンスミステリーです。

 

 本作は、小さな明かり取りの窓しかない部屋に監禁されている人物がドッグフードを食べさせられる象徴的なシーンから始まります。

 

誰が、誰を、いつ、なぜ監禁しているのかわからないまま、物語は本編へ――。家裁調査官を辞めて妹の家で専業主夫として暮らす白石のもとに、友人の刑事・和井田が訪れ、7年前に白石が担当した薩摩治郎が安ビジネスホテルの一室で刺殺されたと話します。しかも、警察は治郎の自宅で拉致・監禁されていた女性を発見。治郎は女性を虐待し、死後は遺体をほかの被害者に食べさせていたのでした。白石は「ぼくは犬だ」と繰り返していた治郎少年のことを思い出し、単独で調査を開始し……。おぞましさや恐ろしさに手足が冷たく汗ばむのですが、物語の先が知りたくてページをめくる手が止まりません。櫛木さんは執筆のきっかけについて話します。

 

「ゲイリー・ヘイドニックという、実在のシリアルキラー(連続殺人犯)をモチーフにしました。ヘイドニックは黒人女性を6人監禁。殺害した女性を解体してドッグフードに混ぜ、ほかの女性たちに食べさせていました。事件の背景にはヘイドニックの強い劣等感があったのではと言われています。
 私の作品には自己評価の低い人間がよく登場しますが、それは自己評価の低い人同士で抑圧の連鎖を続けているのでは、と考えているからなんです。治郎は、監禁した女性に対しては強者ですが、治郎自身がいじめや抑圧を受けていたので、そこから考えたら弱者です。“絶対的な強者は存在するのか”。それが今回の作品のテーマでした」

 

 櫛木さんは作家デビューする前に、シリアルキラーに関するウェブサイトを運営していました。

 

「このサイトを作ったのは15年以上も前なのですが、サイトの中で特に興味のある殺人者を紹介していまして、その一人がヘイドニックでした。興味、と言うと誤解されるかもしれませんが、計画性のない単純な殺人ではなく、劣等感の末に連続殺人を犯す精神構造に興味があるんです。ヘイドニックは、被害女性たちに残酷なことをしていた一方で“僕たちは幸せな家族になる”なんてことを言っていたんです。
 日本の連続殺人犯はアメリカなどと異なり、虐待の被害者よりもおじいちゃん子おばあちゃん子が多いんです。そういった事情も踏まえ、ここまでの事件が日本で起きるなら、どこから始まり、どうなるか、どういう経験をしたら残虐なことができる攻撃性を持つのか考えました。日本特有の抑圧がシリアルキラーを生むのか、とか」

 

 デビューして8年の櫛木さん。「今回の作品は自分にとっても集大成」と言葉に力がこもります。

 

「この作品では暴力を極端な形で描いていますが、劣等感を持っている者同士の歪ゆがんだ関係はどこにでもありうるもの。また、物語の根幹に関わるので細部はお話しできませんが、女性が女性に対してうっすらと抱く否定的な心理もテーマにしています。ですので、残酷なシーンは確かにありますが、女性の方にこそ、ご自身の心に問いかけながら読んでいただきたいと思っています」

 

 そして……想像を絶するラスト! 最後の1行まで気が抜けない怪物作品です。

 

PROFILE
くしき・りう◎’72年新潟県生まれ。’12年、『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞・読者賞を受賞。みずみずしいキャラクターと読みやすい文章で読者モニターから高い支持を得る。同年、「赤と白」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、二冠を達成。『ドリームダスト・モンスターズ』シリーズや『死刑にいたる病』『鵜頭川村事件』など著書多数。

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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