年下男性とのあざといくらいの恋を描く!?|長嶋有さん最新刊『今も未来も変わらない』
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ryomiyagi

2020/10/31

 

長嶋有さんの新作は40代女性の日常を描いた長編小説。「文学的思弁が生じない瞬間はレジャーをしているときと考え、カラオケとレジャーで小説を書いたら過去最高にコミカルな作品になった」(長嶋さん)。リアルな肌触りに楽しく読み、読後立ち上がる光景に胸が熱くなる逸品です。

 

自分史上最高にコミカルな作品で、人生を楽しむコツが書かれた実用書です(笑)

 

今も未来も変わらない
中央公論新社

 

 強烈な装丁がなんとも印象深い、芥川賞作家・長嶋有さんの新作『今も未来も変わらない』は40代の作家でシングルマザーの善財星子の日常をつぶさに描く物語です。

 

 星子には高校3年生の一人娘・拠がいます。時間を作っては10年来の親友・高橋志保とカラオケに行って歌いまくったり、スーパー銭湯に行ったりとレジャーを楽しむ日々。そんな星子は大学院生の称君と恋愛するようになり……。

 

「この作品は女性総合雑誌に連載したものなのですが、担当者から『男性作家がこの雑誌で小説を連載するのは初めて』と言われまして。えっ、俺が初めてなの! と(笑)。宝塚の舞台に唯一立った男性はやしきたかじんさんと言われてるけど、それと同じ相当なことではないかと思い、男が書く意味を考えました」

 

 ところが、“(同誌に)初めて連載する男性作家”というのは長嶋さんの勘違いだったようで……。

 

「ともかく(笑)、文芸誌ではないところで小説を書く意味を考えました。少し前に書いた『もう生まれたくない』という作品は訃報とゴシップをテーマに書きましたが、“ゴシップ的なものじゃない世界を書くのが文学だ”と見なされていたからこそ書いた作品でした。文学的ではないと見なされていても人の営みの中に文学はあるのではないかと考えたからです。こういう“食べられないと思っていたけど、実は食材として使えた”という考え方で、今回は、人間が生きていて文学的思弁が生じない瞬間はレジャーをしているときだと考えました。レジャーは小説の具になっていない、と。それでカラオケやレジャーで小説を書こうと思ったんです。レジャーという語感の古さもよかったですし」

 

 そう長嶋さんが語るとおり、星子も志保もしょっちゅうカラオケボックスに行っては歌
いまくります。それも“あぁって言うカラオケ”とか“有名じゃないほうの主題歌”など縛りを決めて選曲し歌い合うのです。作中には『ちびまる子ちゃん』の『おどるポンポコリン』の次のテーマ曲、とか『火曜サスペンス劇場』の『聖母たちのララバイ』ではない曲などという文言や、マンガ『パタリロ!』のバンコラン少佐など、40代以上の郷愁を誘う固有名詞が多々登場。その一つひとつが読み手のツボにハマり、ページを捲る推進力になります。

 

「自分に課したルールは“掲載号が進めば作中の時間も経つ”というもの。令和が始まるころに掲載されるとわかっていましたので、リアルタイムの情報をたくさん入れ込みました。そもそも、この小説は10年前には書けない作品なんです。星子も志保もアニメや映画、マンガなどオタク的な情報に詳しいのですが、当時の世の中には、30代の女性たちがそういうことを大っぴらには口にできない雰囲気がまだありましたから。レジャーやカラオケを小説にした結果、図らずも現在と過去と未来のことを書くことになりました」

 

“気持ちは年齢や性別にかかわらない”“若者でない誰でも勇気は持てる”……。楽しくあろうとする努力を惜しまない星子が漏らす思弁の数々も胸に刺さります。

 

「漫然と楽しくすることはできません。楽しくするためには能動的に考えていかなければならないんです。そういうことを書こうと思っていたわけではないのですが、図らずもそうなりました。小説自体が楽しくなるように書いたら、自分史上最高にコミカルな小説になりました。人生を楽しむコツが書いてある実用書です(笑)」

 

 星子たちを通して、これまで言葉にできなかった読み手自身の思いのカケラを拾い集め、最後に力が湧いてくる――。そんな心躍る小説です。

 

長嶋さんの本棚から

 

おすすめの1冊

十七音の可能性』KADOKAWA
岸本尚毅/著

 

「俳句ブームと言われていますが、俳句入門書には“俳句のてにをは”ばかりが書かれてあります。本書は俳句史の概略を読みやすい文章で解説。そういった知識は俳句の技法を知る以上に大切。俳句が上達する一冊です」

 

PROFILE
ながしま・ゆう ◎’72年生まれ。’01年「サイドカーに犬」で第92回文學界新人賞を受賞してデビュー。’02年「猛スピードで母は」で第126回芥川賞、’07年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞、’16年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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