ついに日本発で実現!がん細胞のみを叩き壊し、 免疫を活性化する革新的ながんの治療法
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BW_machida

2021/01/27

 

 手術、抗がん剤、放射線治療と、がんに罹患したら辛い治療が待っているのが現実です。それは、がん細胞以外の正常細胞にダメージが及び、免疫力がガクンと落ちてしまうから。これが、現代がん治療の限界でした。

 

 しかし、極めて厳密な意味で「がんだけ」を壊し、免疫も下げない、できれば上げる。身体への負担を限りなく減らしながらがんには強力に効果がある理想の治療法──それが『光免疫療法』です。その実現を目指して渡米、世界最高峰の医療機関でひとり研究に邁進した日本人医師・小林久隆先生は、体にやさしいがん治療を現実のものにした医学研究者です。

 

 2011年に発表されたこの光免疫療法は、当時、アメリカの大統領バラク・オバマ氏によって2012年の一般教書演説(年頭施政方針演説)で、「政府の研究機関から正常細胞を傷つけずにがん細胞だけを死滅させる、まったく新たな治療法が生まれた」として紹介されました。

 

 この「光免疫療法」がついに日本でも保険で治療ができるようになったのです。

 

 かつて「死の病」といわれたがんも、治療の進化とともに生還する人が珍しくなくなっています。しかし、がんとの戦いはまだまだ手強いのが現状でしょう。
 なんとか治療を終えても、多くの患者さんが後遺症や副作用に苦しんでいます。臨床医時代にそんな姿を目の当たりにした小林先生は、「このままでいいのか。何かもっと良い治療ができるのでは」との思いを持ち続けていました。

 

 小林先生は、がんの既存の治療で一旦は治っても、治療の副作用に苦しんだり再発を恐れたりされる患者さんを、なんとかより良い方法で救いたいという思いをずっと抱いてきたと語ります。そして、それが研究を実現する原動力となったとも述べています。

 

 そこで小林先生が試行錯誤の末に開発したのは、がんだけを極めて選択的に壊す手法、つまりがん以外の細胞にほぼダメージを与えないことでした。「がん」だけを追い詰めて壊していけば、可能な限り副作用や後遺症を抑えられるではないか――。小林先生は、そのイメージだけは頭の中にあったといいます。そして、「それをどうにかして現実のものに近づけなくてはならない」と。

 

 学生のころから全国にその名が轟く“化学少年”だった小林先生。「応用化学の世界には失敗がないから自分に向いている」と言い切ります。あらゆる実験結果は失敗ではない。起こったことはすべて役に立つ使い道を見つければ役立てられる──。その考え方こそが、「小林化学」の真骨頂です。

 

 がんだけを死滅させるには何が必要か。

 

 がんにだけくっつく分子としては「抗体」以外にはないと、早くから確信していた小林先生。肝心なのは、そのがんに届いた抗体でどうやって、がん細胞「だけ」に厳密に狙い撃ちして破壊させるか。来る日も来る日も、続いた実験。それはまさに長い長い苦闘の年月でした。

 

 がんの表面にある抗原にぴたっとくっつく「抗体」は、すでに医療の現場で「抗体医療」として活躍していました。抗体は、体のなかの抗原に「鍵」と「鍵穴」のようにくっつく性質を持っています。ただ、くっついただけではがん細胞は死なない。そこで小林先生は、この鍵穴を差し込まれた時にはほぼ無毒だった鍵を、近赤外光を当てることでスイッチを入れ、それを毒に変えることによって狙ったがん細胞のみ狙い撃ちにするという手法を編み出しました。これこそが「光免疫療法」、いたってシンプルで、手術や放射線療法と比べると、いわば「手技」に近い手法です。

 

 

 小林先生は、アメリカへ渡ったばかりのころは、若い駆け出しの研究者。フリーエージェントで海を渡った大リーガーなどではなく、大リーグでいえば、ルーキーと同じ3軍からのスタートでした。信用を得て昇格するには、実績を出すしかありません。

 

 ラボでは、ラボが目指す研究の実験は昼間にこなし、ボスの許可を得た少額の予算で夕方以降、夜中まで自分の興味がある開発に勤しむ日々。自腹で実験室近くに部屋を借り、半分以上は家に帰らない暮らしでした。しかし、研修医の頃の医学への志を持ち続けている小林先生は、もう一つの大きな目標を掲げます。「がんが治せる方法ができるだけでは未完成。原価を極力安くして、医療経済的に成り立つ治療を作らないと、この治療法は完成しない。医療になれなければ、誰でもこの治療法を受けられるようにはならない」。こう決意したのです――。

 

 「貧者のプライド」――当時をこう振り返る小林先生は、少ない予算を逆手に取って、壮大な理想を実現しようとしたのです。

 

著者近影(撮影・菊池一郎)

 

文/本荘そのこ

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がんを瞬時に破壊する光免疫療法

がんを瞬時に破壊する光免疫療法身体にやさしい新治療が医療を変える

小林久隆

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