BW_machida
2021/03/05
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2021/03/05
『アクティベイター』
集英社
’19年、杉咲花、新田真剣佑らの主演で映画化された『十二人の死にたい子どもたち』が記憶に新しい冲方丁さん。新作『アクティベイター』は東京を舞台に描かれる国際テロサスペンスです。
羽田空港に中国のステルス爆撃機が飛来し、女性パイロットが政治亡命を求めます。駆けつけた警察庁の鶴来にパイロットは核兵器が積み込まれていることを告白。ところが、護送途中で彼女は拉致され行方不明に。一方、鶴来の義兄で警備員の真丈は、警報がなった家に駆けつけ絶命直前の家主から最後の伝言を聞きます。犯人を追っていた真丈は、偶然、拉致された女性を助け……。
冲方さんは新境地を開いた本作品の着想をこう説明します。
「もともと現代日本に海外の軍用機が飛来し、パイロットが亡命してきたらどうなるのかということを考えていました。実際、’76年に旧ソ連軍のベレンコ中尉がミグ25迎撃戦闘機で函館空港に着陸し亡命を求めるという事件がありましたが、これを現代に置き換えたらどうなるか、と。それと『ミッション:インポッシブル』日本版のような作品で、しかも単なるアクションものではなく、リアルな政治状況を絡めたエンタテインメント性の高いストーリーを展開したいと思いました。韓国映画やドラマへの対抗心がありましたね(笑)」
羽田空港には警察庁、警視庁、法務省出入国在留管理庁、防衛省自衛隊、外務省、経済産業省の担当者が駆けつけ、三すくみの状態に。それぞれが省庁権益を重視するさまは日本の縦割り行政の弊害そのままで、物語に通底する不穏さに拍車がかかります。
「どこまでリアルに書けばいいのか、答えがない問いかけを抱えたまま取材を開始。あらゆるつてをたどり、あらゆる方面の方々にお話を聞かせていただきました。ところが、取材をすればするほど法律上、日本は独り立ちしていないことを至るところで教えられ『ミッション:インポッシブル』日本版は無理だと気づきました。法律の立て付けがないので行政は声を上げられず、日本はアメリカ抜きには全く動けないんです。なぜ経済大国として東アジア随一の先進国になれたのか不思議に思いました」
行き詰まっていた冲方さんでしたが、飲食店で“蛸しんじょう”という料理を食べていたときに、あるアイデアが浮かびます。
「冗談みたいな話ですが“真丈太一”という名前が浮かび、蛸をモチーフにした主人公を思いついたんです。蛸は海外では目の前の獲物を手当たり次第に食い尽くす凶暴な生き物として恐れられています。それで、蛸のように単独行動を好むすご腕特殊工作員で、アメリカの後ろ盾を活用するしぶとい男のイメージが湧きました。太一という名前も“太”の字面がなんとなく蛸の足っぽいでしょ(笑)」
国際情勢だけでなく、今という時代性も強く意識した冲方さん。
「今は明確な解答があるようでない時代。インターネットで調べれば調べるほど事実がわからなくなってきます。また、1人の人間が全てを仕切って動かすというような時代でもありません。そんな現状を踏まえつつ、特定の誰かを誹謗中傷することなく、大人の視点で現代日本が見られるエンタメに仕上がったと思っています」
ネタバレになるので詳細は省きますが、巣籠りの日々が充実すること間違いなし! 圧巻の怪作です。
PROFILE
うぶかた・とう◎’77年、岐阜県生まれ。’96年『黒い季節』で角川スニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。’03年『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞、’10年『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、第4回舟橋聖一文学賞、第7回北東文芸賞、’12年『光圀伝』で第3回山田風太郎賞を受賞。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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