BW_machida
2021/03/27
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2021/03/27
『おれたちの歌をうたえ』
文藝春秋
’19年に出た『スワン』が第162回直木賞候補になり、’20年には第41回吉川英治文学新人賞や第73回日本推理作家協会賞を受賞するなど破竹の勢いの呉勝浩さん。新作『おれたちの歌をうたえ』は昭和47年から現代までを描く長編ミステリーです。
河辺は上司と対立して警察を追われ、妻とも離婚した元刑事。今は部下だった海老沼が経営するデリヘルの運転手をしながら後悔と挫折にまみれてきていました。ある日、茂田という若者から幼馴染みの佐登志が死んだことを知らされ、封印していた記憶が蘇ります。40年前、幼馴染みの河辺、佐登志、高翔(こうしょう)、欣太(きんた)、フーカは雪山で過激派メンバーを発見し、逮捕に協力。以来、“栄光の5人組”と呼ばれていました。ところが、高校時代にある事件が起こり、5人はバラバラなってしまったのでした。一方、茂田は世話をしていた佐登志が金塊を隠し持っていて、その場所を暗号に残し、河辺が解くカギを持っていると信じていました。
「中学生のとき、お小遣いで初めて買った単行本が藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』でした。“挫折ってカッコいい!”と衝撃を受け、挫折に憧れを抱てしまって(笑)。この本を読んだのがオウムによる地下鉄サリン事件が起こった年。オウムがやったことは確実に間違っていますが全共闘同様、世の中を変えようという力を持っている人たちがいることが衝撃でした。僕は世の中を変えたいとも、変えられるとも思ったことがなかった。自分にはそういう大きな物語はなく、戦う場もありませんでした。挫折に対してそんな捻れた思いがあり作品に投影したかったんです」
インタビューは苦手で……と苦笑いしつつ、呉さんは着想のきっかけを早口で話します。
「挫折への捻れた憧れをどう物語に落とし込めばいいのか。挫折と後悔ばかりの人生を送っている人もいれば、先行世代への失望や反発もあるでしょう。あれこれ思考し、時代を積み重ねて生まれた歴史とそこで繋がっていくものも書きたいと思ました。“先行世代からの負の継承”も描きつつ、未来に向かう物語にしたい、と」
暗号を解いていく過程で、河辺は荒み切った自分の今を見つめ、封印してきた過去と対峙します。そして、秘密や嘘で固め、身を縮めて生きてきたのは自分だけではなかったと知るのです。
「僕は、時間が積み重ねてきた知恵を後輩が受け継いでいくところに希望があると思っています。自分が死んだあとの世界を願えるようになるためには、時間のスパンを大きく取らないとできません。未来の幸せを願うなんて自己満足かもしれないし、ある種のきれいごとになりがちです。それでも書きたいと思ったのは、未来を願う倫理感は普遍的で強いモノだと思ったから。茂田は河辺と知り合ことで佐登志の過去を知り彼が人間であり人生があり生きていたのだと発見します。今だけを見ていたら挫折と後悔だらけでも、タイムスパンが存在することで、人間が人間らしくなるのではないか。この小説はそんなことを思考しながら書いていきました」
いいことなど何もないと思う人生でも生きて得た経験や知識を次の世代に渡すことで未来への希望は繋がるのかもしれない──。読後、そんな思いで満たされ、一歩踏み出す力がわいてくるはずです。
PROFILE
ご・かつひろ◎’81年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。’15年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。’18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞、’20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞、第73回日本推理作家協会賞受賞。第162回直木三十五賞候補。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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