「優しさ」を求める時代…「第七世代ブーム」で見えた笑いの新しい“ツボ”
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ryomiyagi

2021/06/10

今、お茶の間の人気は「第七世代」と呼ばれる若手芸人たちに集まっている。
お笑い界の高齢化が叫ばれていた中で生まれた第七世代ブーム。この現象の背景には何があるのか?そもそも第七世代の前の世代とは?誰がその世代に含まれるのか?「世代」に注目し分析していくと、そこには戦後から今に至るまでのお笑い、ひいてはテレビ界の変遷する姿が見えてきた。気鋭のお笑い評論家が、もう一つの戦後史とも言うべきお笑い史を明らかにする。

 

 

お笑い界を席巻する第七世代とは?

 

テレビで第七世代を見ない日は、ほとんどないだろう。「第七世代」というキャッチ―ーなフレーズがマスメディアを通じて広まると同時に、彼らは爆発的な人気を獲得した。このムーブメントは、2018年『M-1グランプリ』優勝直後の霜降り明星・せいやがラジオで言った一言から始まったという。

 

ほんまにその新しい、勝手に次の年号の世代みたいな、「第七世代」みたいなのつけて、YouTuberとかハナコもそうですけど、僕ら20代だけで固まってもええんちゃうかな。(中略)みんなが言うわけよ、ほうぼうで。「僕ら、第七世代ですから」って。
ほんなら「第七世代?」って記者とか、上の人とかも「なんやねん、第七世代」みたいな。みんなが言う、第七世代。ほんなら、その世代で固まってやろうみたいになるんちゃうかな。

 

事態はせいやの言葉通りになった。第七世代は若手芸人の代名詞となり、第七世代をメインに据えた番組が各局でこぞって作られた。

 

ラリー氏によると、第七世代は昭和から平成への移行期である1989年以降生まれの世代。言い出しっぺの霜降り明星をはじめ、ハナコ、ゆりやんレトリィバァ、ミキ、EXIT、かが屋、宮下草薙、納言、四千頭身、ガンバレルーヤ、3時のヒロインといった芸人たちが第七世代として取り上げられている。
「さとり世代」「ゆとり世代」に属する彼らは競争意識が薄く、ひな壇で自分をアピールするためにガツガツしないのが特徴だとラリー氏は分析する。対抗心をむき出しに激しく対立していた過去の芸人たちと違い、第七世代の芸人同士は和気あいあいとしている。
お笑いに向き合う姿勢が生ぬるいというわけではない。むしろ職業の選択肢が多い現代であえて芸人を選んだ彼らにはほかの世代より真面目にお笑いに向き合う面があるという。「芸人は人前で努力を見せるものではない」という不文律を気にせず自分をさらけ出すのも第七世代特有だ。本音で話す彼らは、旧態依然とした業界に新しい風を吹かせている。

 

個人視聴率導入で若者向け番組が増えた

 

こうした第七世代が一躍人気者になった理由とは一体何なのか?
ラリー氏は、一つには視聴率の指標が変わったことがあると話す。

 

テレビ視聴率調査を行っているビデオリサーチ社が、2020年3月30日から調査方法をリニューアルした。
具体的には、それまで関東地区、関西地区、名古屋地区、北部九州地区だけに限られていた機械式個人視聴率調査が、その他の地域にも拡大されることとなった。(中略)
この変化によって、テレビ局が世帯視聴率だけでなく個人視聴率も重視して番組作りをするようになった。

 

それまで、視聴率といえば世帯ごとにカウントされていた。世帯のうち1人でも番組を見ていれば視聴率にカウントされたため、必然的に視聴率を取るためには母数の多い高齢者向けの番組を作ることが重要だった。
霜降り明星、四千頭身、ゆりやんレトリィバァなど第七世代を取り上げた番組は、2018年より前にもあったが、軒並み視聴率が振るわず終わってしまっていた。若手芸人が出る若年層向けの番組は、世帯視聴率という調査方式では数字が取れない番組だと思われていた。

 

それが、個人視聴率の導入によって変わった。高齢者以外でも特定の世代にささる番組が作れれば、視聴率は取れる、という状況になったのだ。『有吉の壁』(日本テレビ)のような純粋なお笑い番組をゴールデンタイムで放送することも、少し前ならあり得なかったことだとラリー氏は言う。

 

高齢者にそっぽを向かれて世帯視聴率が低くても、個人視聴率で若者に支持されていることがはっきりすれば、それもきちんと評価されるという時代になった。この風潮が第七世代ブームの追い風になっているのは間違いない

 

笑いに「優しさ」を求める時代

 

もう一つには、時代の空気が変わったことがあるという。

 

セクハラやパワハラが深刻な社会問題として認識されるようになったことで、たとえ芸人同士の冗談半分のやり取りだとしても、高圧的なふるまいを嫌悪する視聴者が増えてきた。
多くの人が職場や家庭や社会でさまざまな抑圧を受けている。それを連想させるような言動は受け入れられにくくなった。

 

そう人々の意識が変わったことを指摘するラリー氏は、それを実感した出来事として2019年『M-1グランプリ』決勝をあげる。6組目に登場した見取り図のネタでのことだ。お互いをけなし合うくだりで、森山晋太郎がリリーに対してこう言った。

 

「お前さっきから黙って聞いてたら、女のスッピンみたいな顔しやがって。お前な、なでしこジャパンでボランチおらんかった?」
この言葉が発せられた直後、一瞬だけ会場は水を打ったように静まり返った。

 

『M-1』決勝では厳しい予選を勝ち抜いた実力派の漫才師がネタを披露するため、そもそもスべるということが少ないという。にもかかわらず、笑い声が全く起きなかったのだ。これは観客がこの言葉を笑えるものとして受け止めるのを拒否したとみるべきだと、ラリー氏は指摘する。

 

容姿イジりで笑いを取ろうとした見取り図が6位に終わったのに対して、同じく決勝に進出したぺこぱは「否定しないツッコミ」「人を傷つけない笑い」と評される漫才で3位に食い込んだ。

 

見取り図とぺこぱの漫才から見えてくるのは、優しさをまとった笑いが多くの人に求められるようになっている、というお笑い界のトレンドだ。

 

2019年『M-1』と同時期には、明石家さんまがジェンダーレス芸人のりんごちゃんに対し「オッサンやないか」と発言したことで、ネット上に批判の声があがった。容姿イジりも、人を傷つけるような笑いも今の時代では受け入れられなくなっているとラリー氏は言う。
こうした笑いの変化に自然に適応しているのが、第七世代だ。「コンプライアンスゴリ守り芸人」を自称するEXITのほか、若い第七世代の芸人たちは新しい価値観をうまく身に付けている。

 

突然始まったかのように見えた、第七世代ブーム。その裏には第七世代が社会に受け入れられる必然の理由があったようだ。

 

文/藤沢緑彩

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ラリー遠田

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