『闇に用いる力学 赤気篇・黄禍篇・青嵐篇』著者新刊エッセイ 竹本健治
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BW_machida

2021/07/29

今の心境

 

デビュー作である『匣の中の失楽』が本になって一、二年くらいのあいだだろうか、「読みました」という人に出会うたびに「申し訳ありません」と平謝りしていた。どこの馬の骨とも知れない新人の、面白いかどうかも分からないものを、しかも千二百枚もの枚数を読んで戴いたのだから、感謝よりも陳謝の気持ちが湧いて出るのはごく自然な反射的反応だった。数年たって何となく評価が定まって以降は謝りこそしなくなったけれども、今でもその頃の感覚は尾を引いて残っている。

 

短編ならそうでもないのだが、長編の場合は書いている最中になかなか自分で客観的評価ができず、執筆後に「いいものが書けた」と自信を持てることはまずない。特に記憶に残っているのが『カケスはカケスの森』で、自分が書いているものが面白いのかつまらないのかさっぱり分からず(というより、箸にも棒にもかからないものを書いているような気がして)悩まされたものだ。また、自分ではそれなりに手応えがあった場合でも、同時に「こんなヘンテコなものを喜んでくれる人がそうそういるわけないよな」という想いが並立して、「また売れないものを書いてしまった。これで作家生命も終わりかな」なんてことを考えてしまうのだ。

 

そして今回の『闇に用いる力学』は手応えがどうのよりも客観的評価ができない典型で、それなりのものが書けたのか、とんでもない愚作を書いてしまったのか、連載の最中から、書き終わってしばらくたった現在もさっぱり分からないでいる。『ウロボロス』シリーズなどと違って、連載中にまわりからの反応もほぼ皆無だったのでなおさらだ。というわけで、今回は量的にも価格的にも『匣の中の失楽』のとき以上に、読んで戴いた人に謝る日々が続くだろうと思っている。

 

いや、その前にここであらかじめ言っておこう。
「ごめんなさい」

 

『闇に用いる力学 赤気篇・黄禍篇・青嵐篇』
竹本健治/著

 

【あらすじ】
連載開始から26年、世界の、そして日本の崩壊を予見し続けた、暗黒全体小説が遂に完成!東京都心に人喰い豹が出没し、飛行機の墜落事故が起こったのを端緒に、立て続けに起こる謎めいた災害の果て、私たちにはどんな結末が待ち受けるのか?

 

竹本健治(たけもと・けんじ)
1954年兵庫県生まれ。’77年、『匣の中の失楽』を探偵小説専門誌『幻影城』に連載開始し、デビュー。2017年、『涙香迷宮』で第17回本格ミステリ大賞を受賞。

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