社会問題を絡めながらの心あたたまる成長物語|中島京子さん新刊『やさしい猫』
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ryomiyagi

2021/10/16

写真/中央公論新社

 

直木賞作家・中島京子さんの新刊は入管行政の実情や難民問題を絡めた、ごく普通の男女の恋愛物語。柔らかな筆致で日本社会の課題を身近な事柄として描く感動作です。

 

「入管行政はブラックボックス。酷い状況を変えるには“知ること”が大切だと思う」

 

『やさしい猫』
中央公論新社

 

名古屋出入国在留管理局で収容中のスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが亡くなったのは記憶に新しいところです。中島京子さんの新刊『やさしい猫』は同事件が起きる4年ほど前に着想された、入管行政を巡る問題をモチーフにした長編小説です。

 

「4年ほど前、友人がフェイスブックに入国者収容所東日本入国管理センターで被収容者のベトナム人男性が亡くなった事件について取り上げていたのを読みました。そんなひどいことが自分の国で起きていたことに強い衝撃を受けました。
このことが頭に残り、新聞記事などを意識的に読むようにしていたのですが、あるとき、仮放免されていた方が、恋人の女性を病院に連れていかなければならないなどよんどころない事情で、届け出を出さずに県境を越えたため収容の問題が、ラブストーリーや家族の物語として書けるかもしれないと気づいたんです」

 

新聞連載の依頼を受けたのもこのころ。当初、別のテーマを考えていた中島さんは、支援に携わる弁護士や元入国管理局職員、収容されている人らの話を聞き「みんなが知らないことだから書いて知らせなくっちゃ」と腹を括ります。

 

「自由を奪う収容というひどい判断が、司法機関を経ずに入管職員の裁量で決まることに驚きました。裁判も随分傍聴しましたが、どれも2〜3分で終わるし、行く裁判行く裁判、みな被収容者側が負ける。こんなことがまかり通ってはならないと思いました。
私たちの国は移民を労働者にして便利に使ってきました。なし崩し的に入国させて雇用の調整弁にしておきながら、不景気になったら家族がいても即母国に帰れとは酷すぎます。とはいえ、政治的な作品にするつもりはなく、読者がつい応援したくなるような物語を書きたかったんです」

 

シングルマザーで保育士のミユキさんは、東日本大震災のボランティアに行き、8歳年下のスリランカ人で自動車整備士のクマさんと出会います。その後、都内で偶然再会した2人は恋に落ち、ミユキさんの娘で高校生のマヤちゃんと3人で家族になることに。ところが、ある事情からクマさんはビザが失効した超過滞在になり、入国管理センターに収容されてしまい……。

 

「実際に起こっている深刻な問題なので、難しいことをわかりやすく説明できるよう語り手を女子高生のマヤちゃんにしました。また、読者と登場人物がかけ離れてしまわないようにも気をつけました。
入管行政は今までブラックボックスで、私を含めて多くの方がまだまだよく知らないことだと思います。まずは“知る”こと。それが酷い状況を変える大きな力になっていくと思います」

 

深刻な社会問題を描きつつ、ユーモアが随所にちりばめられたミユキさんとクマさんの恋愛小説であり、マヤちゃんを含めた家族小説であり、マヤちゃんの成長物語でもある本作品。怒ったり笑ったりしながら読み進め、胸の奥が温かな気持ちで長く満たされます。

 

PROFILE
なかじま・きょうこ●’64年、東京都生まれ。’10年『小さいおうち』で第143回直木賞、’14年『妻が椎しい茸たけだったころ』で泉鏡花文学賞、’15年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞と第28回柴田錬三郎賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞、’20年『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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