『スターウォーズ』から『ゼロ・グラビティ』『オデッセイ』まで。「SFの空想」を学者がマジメに解説
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ryomiyagi

2021/12/23

『物理学者、SF映画にハマる』 高水裕一/著

 

 

本書の著者である高水裕一の本業は映画評論家ではなく、物理学者である。しかも専門は宇宙論。SFと宇宙は非常に相性が良いらしい。映画『スターウォーズ』では太陽が二つあるタトゥイーンという惑星が登場するし、架空のスペースシャトルで船外活動中に巻き起こる生死をかけたハプニングを描いた『ゼロ・グラビティ』や、火星での暮らしを題材にした『オデッセイ』など、古い名作から最新作まで宇宙を舞台にした映画には名作が多い。それもそのはず、SF作品は科学的なテーマをヒントに架空の世界を演出しているから宇宙は絶好の題材なのだ。

 

タイムトラベルの可能性と限界、宇宙人と生身で交流するための方法、銀河系を支配するとはどういうことかまでSF作品で気になっていた素朴な疑問が科学的な考察を交えて綴られる。未来の科学でもそんなことは起こり得ないのでは、と映画を見ているときには思っていたことも、本書を読んでいると知らなかった科学の世界が開けてきて可能性を信じてみたくなる。

 

『メッセージ』は言語学者と物理学者が宇宙人との言語的な最初の交流を図るというテーマを描いた作品だが、この映画へ向けられた著者の指摘は鋭い。相手は宇宙人という未知の生き物である。異なる大気成分の環境に適応した生物同士、宇宙人と人類はどのように交流を図るべきだろうか。映画の登場人物はマスクで顔を覆うことなく宇宙人と接していたが、物理学者からするとこれはどうやらあり得ないらしい。

 

「宇宙の惑星環境を一般的に考察すると、大気成分にはほとんど普遍性がないことが分かります。例えば、地球で酸素が現在、大気全体の5分の1を占めているのは、40億年という地球の歴史の結果です。もともとはほとんど窒素しかない状態から、植物の出現といった数度の地球規模の酸化現象があり、酸素が大気中に徐々にたまって、ようやく現在の量になっています。」

 

地球だけ見ていては、酸素を生命活動の呼吸に用いるのが生命としての普遍的な形態なのか疑問が残る。一見すると大気成分が近い数値でも危険な微生物やウイルスがいる可能性もあるから「マスク装着」は宇宙人同士の交流の鉄則であり、ましてや生身での交流などリスクが高すぎるという。

 

それでも、もし離れた個体の脳内に直接伝播できるテレパシーのようなものがあれば宇宙人との生身の交流の可能性はいくらか上がるかもしれない。しかし、ここでも課題は残る。なぜならテレパシーの実現にはそれを媒介するための素粒子が必ず必要になるからだ。

 

「自然界には4つの伝達方法しかないことが明らかになっています。電磁力ならば光ですし、クォークを結び付ける強い力であれば、グルーオンという媒介素粒子が存在します。このような力を伝える媒介素粒子が明確にないのが、唯一重力だけです。またこれは力ではありませんが、音を伝えるには空気が必要です。」

 

どうやら現代科学では、テレパシーはフィクションの域を出られないようだ。引き続き宇宙人との交流にはマスクかカプセルを被ることが求められるだろう。

 

滅亡の危機に瀕した人類が居住可能な惑星を求めて宇宙トラベルをする『インターステラー』はどうだろう。この作品の主人公は土星付近のワームホールを通って別の惑星の探査へ向かう。ワームホールというのは時空上の異なる場所を結ぶトンネルのようなもので、これを通過すると一瞬でべつの場所へとワープできるらしい。しかしワームホールについては研究している学者はいるものの、そもそも候補となる天体が未だに観測されておらず、物質が通過できるかどうかは分かっていないのが現状らしい。

 

ほかにも『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ターミネーター』『TENET』などSF映画への鋭いツッコミが満載だが、著者がSF映画を愛していることは充分に伝わってきた。各章を読み終えるごとに、もう一度映画を見て確認したいとムズムズしてくる。

 


『物理学者、SF映画にハマる』 高水裕一/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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