BW_machida
2021/12/30
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2021/12/30
下北沢の街は、駅のホームが地下になってからすっかり変わりました。近代的な駅と周辺の建物には、初めこそ清潔感がありましたが、美しい場所ほど汚れは目立つのだなと、まだ数年しか経っていないのに、そう思います。
以前の、埃と手垢こびりついた駅舎や、その下のごちゃごちゃとして薄暗い商店には不思議と不潔さは感じなかったのです。むしろ汚れきった安堵感がありました。駅の出入り口の向きが変わり、南西口と東口などと名づけられ、南口がなくなりました。駅前だった南口商店街はこれからどうなってしまうのでしょう。いえ、どうにもならずに若者で賑わっていますが、何となく年老いた親を見送ったあとの旧友を見るような不憫さを覚えます。
線路わきの路地裏にあり、恋人たちがこそこそ忍び込んでいたラブホが、駅が新しくなったことにより、往来の多い通り沿いになってしまいました。ラブホの出入り口が目立つことほど哀れなことはありません。そのラブホがある場所には、その昔「かたばみ荘」という、言わばラブホの前身のような旅館が建っていました。知っている方は今の下北沢にどれほどいるのでしょうか。
『下北沢であの日の君と待ち合わせ』は、昭和の終わりに下北沢で青春時代を送った女性たちの物語です。アルバイトをしていたパン屋さん「アンゼリカ」が閉店すると聞き、三十年ぶりに下北沢で再会するのです。
二十歳前後の彼女らは、地方出身でお金がなく、学歴もない。もしかすると才能もないかもしれない。ただ過剰なほどの自意識だけはあり、夢を追ってもがいていました。
彼女たちにとって線路わきの連れ込み旅館「かたばみ荘」は、友情が壊れるきっかけとなる重要な場所です。下北沢では数少ない旅館が、日の当たらない路地裏にあったからこそ、物語は成立したのです。そんな郷愁も込めて書いてみました。
『下北沢であの日の君と待ち合わせ』
神田茜/著
【あらすじ】
1967年生まれの理夏。19歳の頃バイトをしていたパン屋さん「アンゼリカ」が閉店するという。気まずい別れになってしまった親友達への罪悪感を抱える理夏に一通の手紙が届き、30年ぶりに下北沢を訪れ……。青春の輝きと苦みを知る大人のための物語。
神田茜(かんだ・あかね)
北海道生まれ。講談師・作家。2010年「女子芸人」で第6回新潮エンターテインメント大賞を受賞。著書に『ぼくの守る星』『七色結び』『母のあしおと』『シャドウ』などがある。
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