動物界は浮気の宝庫?「愛の終わり」を自然界から解き明かした一冊

馬場紀衣 文筆家・ライター

『愛はなぜ終わるのか 結婚・不倫・離婚の自然史』草思社
ヘレン・E・フィッシャー/著 吉田利子/訳

 

 

「結婚という鎖は重いから、運ぶのにふたり、ときには三人が必要だ」というアイルランド出身の作家オスカー・ワイルドの言葉がある。この言葉の背景には、人は恋に落ち、不倫をし、離婚や再婚を繰りかえすという認識がある。つまり恋に憧れる思春期の女の子も、いま結婚問題の只中にある夫婦も、再婚を考えている人も、老境の男女も、すべての人間の愛は終わりに向かって進んでいるというわけだ。本書では、こうした人間同士の「痛みなしには語れない社会的行動」を遺伝子的要素と適応の側面から言及していく。

 

人間にはDNAに組み込まれた共通の性質と傾向があり、これが無意識に人間の行動を動機づけている、らしい。と言っても、人間が遺伝子に操られているとか、わたしたちの行動がDNAに決められているわけではない。遺伝子的な素材のうえには数えきれないほどの文化と伝統が刻みこまれているし、人は「自由意志」のもとに環境や遺伝形質にそれぞれ対応してきたのだから。それでも「ごく一般的なパターン」に注目すると、生物学的には人間の愛は4年で終るのが自然だという。著者は、人間の絆に関するこのショッキングなデータを鳥や哺乳類の一夫多妻制と配偶者の遺棄にみられるパターンと比較する。

 

「何年も何十年も何世紀も、ひとは大昔の筋書きをくりかえし演じている。気どっておしゃれをして異性の関心を引こうとし、求愛し、目がくらみ、たがいにとりこになる。それから巣づくりをし、子供をつくる。そして浮気して、家族を捨てる。ふたたび希望に負けて求愛を始める。永遠の楽観主義者である人間は、生殖期間ちゅうずっと尻が定まらず、やがて成熟すると落ち着くもののようだ。」

 

著者はピグミーチンパンジーの例を取り上げている。猿人類のなかでもいちばん利口と考えられているピグミーチンパンジーは、人間とよく似た肉体的特徴を兼ね備えているらしい。しかし彼らの性的行動には人間との基本的な違いがあるという。例えば、ピグミーチンパンジーは情熱的に頻繁に交尾をするけれど、人間みたいに長期的に一対一の絆を作りはしない。それに、夫婦で子育てすることもない。

 

というのも、チンパンジーの社会では乱婚がよしとされているのだ。性に積極的なメスのチンパンジーは、一日のうちに数十回も交尾することがあるという。メスのチンパンジーは、まるでティーンエイジャーみたいに家を離れて男遊びをしたり、欲望の強いメスのなかには自慰をするものもいるそうだ。ひどい場合にはオスの萎えたペニスをひねることもあるというから恐ろしい。

 

また、ハゴロモガラスの場合、メスはひとりの夫とだけ交尾するという。そして、ときどき別のオスと交尾することもある。著者のいうように「地球のあちこちの沼地や牧場、森林は、自然の浮気の宝庫」というわけだ。

 

こうして動物たちの性事情を読んでいると、自然と人間とのあいだに共通点を見いだすことができる。人類にとって結婚は世界のどの文化にも普遍的な現象だ。では、鳥やチンパンジーのように複数の相手をもつことは「不自然的」なことなのだろうか。

 

「ある文化圏の男性はひとりの妻しかもたないが、ほかの社会の男性はハーレムをもち、一時にひとりの男性としか結婚しない女性もいるが、同時に数人の夫をもつ女性もいる。いずれにしても、結婚は人間の繁殖戦略の一部でしかなく、わたしたちの交配戦術のなかでは、婚外セックスがしばしば第二の、補完的な役割をになっている。」

 

誰しも、よほどの事情がなければ自分の配偶者を他者と共有しようとはしない。だから一夫一妻は自然だ。だけど、動物は遺伝子を残すために複数の配偶者を得ようとすることがある。だから一夫多妻もまた、自然なのである。それでもヒトは一人の相手に特に愛着をもち、恋をし、結婚する。そして愛する者を得ることは、もうひとつの繁殖戦略に繋がる。すなわち、離婚したがるという特性だ。人間とはなんて面倒くさい生き物だろう。「人間という動物は、精神の矛盾に呪われている」と語る著者の言葉がすべてを物語っている気がする。

 

『愛はなぜ終わるのか 結婚・不倫・離婚の自然史』草思社
ヘレン・E・フィッシャー/著 吉田利子/訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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