台湾発、新時代のレズビアン小説 李屏瑤『向日性植物』邦訳刊行記念 訳者・李琴峰 特別寄稿エッセイ
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2022/07/26

生き延びる物語

 

「レズビアン小説」——マジョリティ側が作品をこう呼ぶ時、それは往々にしてカテゴライズの暴力に繋がるが、マイノリティ側の人間にとって、そういったレッテルは自分たちの存在を確かめるための大事な道標となる。

 

だから私は敢えて『向日性植物』を「レズビアン小説」と呼ぶ。これは作品を枠に嵌めて定義するためでも、「どうせそんなもの」と分かった気になるためでもなく、困難な時代を生きた先人たちが紡いできた多くの古典と響き合わせ、より豊かな理解に繋げるためである。

 

台湾のレズビアン小説の古典といえば、まず一九九四年に出版された邱妙津『ある鰐の手記』(邦訳は作品社、二〇〇八)を挙げなければならない。この小説は台湾をはじめ中国語圏で大ベストセラーとなり、ある世代の台湾のレズビアン当事者にとって一つの精神の拠り所となった。作中の主人公の名前「拉子」は一般名詞化し、中国語圏では「レズビアン」の同義語となったことからも、この作品の影響力の大きさが窺える。

 

九〇年代初頭の台湾の閉鎖的な環境を反映してか、『ある鰐の手記』では至るところに病と自死のモチーフが用いられ、登場人物たちも自らのセクシュアリティに葛藤しながら、激しい自己否定に苛まれる。著者の邱妙津自身もレズビアンだが、九五年に、遺作『モンマルトルの遺書』(未邦訳)を遺し、二十六歳の若さで留学先のパリで自死した。『モンマルトルの遺書』もまた、苦悩と葛藤に満ちる作品だった。

 

また、九四年に、台湾社会に大きな衝撃を与えた女子高生心中事件が起きた。台湾随一の名門女子高・台北第一女子高校に通う二人の女子生徒が駆け落ちし、宿泊先のホテルの部屋で練炭自殺したのだ。その遺書にはこう書いてある。「人間として生きていくのはとても大変です。私たちを苦しめているのは一般人が想像するような挫折やストレスではなく、そもそも、私たちはこの世界の本質に適合していないのです」。

 

このような歴史的経緯もあり、台湾では「レズビアン」や「レズビアン小説」はしばしば悲劇的な陰翳を纏い、自死を連想させる。そんな古いイメージから脱却を図るべく、『向日性植物』の著者・李屏瑤はインタビューではっきりと語った——「私はレズビアンが自殺しない物語が書きたかった」と。李屏瑤自身もオープンリー・レズビアンであり、同性婚法制化を求める活動にも積極的に参加していた(台湾では二〇一九年に同性婚が可能となった)。『向日性植物』は出版不況の台湾で異例のベストセラーとなり、この度は私の訳で日本語版が刊行される運びとなった。

 

『向日性植物』は一九八二年生まれのレズビアン「私」が主人公である。台北の女子高に入学した「私」は、一つ上の先輩「小游」と惹かれ合い、戸惑いながらも付き合うことになったが、小游には同学年の「小莫」という元恋人がいた。高校を卒業した小游と小莫は最難関の台湾大学に合格し、大学の近くに居を構え、一緒に暮らすことになった。一年後、「私」もまた台湾大学に入学するが、二人とは距離を取ることになった。月日が流れ、小游と小莫はアメリカの大学院に留学し、「私」もまた大学を出て会社員となった。広い太平洋を隔てながらも、「私」はインターネットを通じて二人と緩やかな繋がりを保っていた。ある日、「私」は小莫からの国際電話で、彼女が心臓の手術を受けることになったと知る——。

 

この小説で何よりも貴重なのは、その繊細かつ誠実な筆致である。シスジェンダーでヘテロセクシュアルが規範となっているこの社会で、マイノリティ側のレズビアンはややもすれば記号化・単純化・他者化されがちである。創作物において、レズビアンというセクシュアリティは往々にして過度な悲劇性を付与されたり、性的対象として消費されたり、あるいは逆に非現実的なまでに理想化・美化されたりする。これらの旧弊を排し、『向日性植物』はあくまでレズビアン当事者を実際に生きている人間として、その生き様と成長過程を等身大に描き、成功している。それは「どんな愛も等しく大切」「異性愛も同性愛もみな同じ」といった安易な普遍化を意味しない。残念ながらこの時代、この社会では同性愛者ならではの社会的障壁がまだまだ多いが、本書はそんな現実から決して目を背けない。それが作品の誠実さに繋がっている。

 

私が李屏瑤と会ったのは二〇一九年二月のことだった。当時、私のデビュー小説『独り舞』(群像新人文学賞優秀作)の中国語版が台湾で刊行され、そのプロモーションのために一時帰国した際、台湾大学の近くにあるフェミニズム書店「女書店」で、彼女と対談イベントを行った。一九年二月——今振り返ると不思議なくらい、あの時間は希望に満ち溢れていた。コロナもなければ侵略戦争もなく、ミャンマーのクーデターもタリバンによるアフガニスタン支配も香港民主化デモも起こっていなかった。それに加え、長年の活動がようやく結実し、同性婚はもうじき実現する見通しになっている、そんな時期だった。対談終了後の雑談で、私が「『向日性植物』もいつか日本語に訳されるといいね」と言うと、李屏瑤はすかさず「ほんとに訳されてほしい! もし李さんが訳してくれたらきっと素敵な本になる」と言ってくれた。

 

あれから三年が経ち、『向日性植物』は本当に私の訳で日本語になった。そして『独り舞』もまた同じ時期に光文社から文庫化される運びとなった。この二作は多くの共通点を持っているので、ぜひ併せて読んでほしい。どちらも一九八〇年代生まれの台湾人レズビアンが主人公であり、どちらの主人公も女子高を卒業した後、台湾大学に入学している。『向日性植物』と同様、『独り舞』においても台湾大学の景色が描かれており、『ある鰐の手記』を代表とする台湾レズビアン小説の歴史的な文脈にも意識的である。『向日性植物』では台湾プライドパレードが描かれているが、『独り舞』では東京レインボープライドのシーンが登場する。

 

一方、この二作は相互補完的な作品としても読める。『向日性植物』が光だとすれば、『独り舞』は影であろう。『向日性植物』が光に向かってゆっくり育っていく植物の物語だとすれば、『独り舞』は海を越え、国境を越え、言語の境界を越えても、真っ暗闇の中でぐるぐる回っているソロダンサーの物語だ。『向日性植物』は首都・台北出身のレズビアンが、新しい時代の息吹を感じながら希望に向かって歩き出す物語だが、『独り舞』は田舎出身で多重マイノリティ性を背負うレズビアンが、旧時代の桎梏を脱しつつもなお苦しみ、もがき続ける物語だ。『ある鰐の手記』に代表される「自死する九〇年代」と、『向日性植物』に代表される「自殺しない一〇年代」の間にある空洞、そこから零れ落ちた人々の物語の一端が『独り舞』と言えるかもしれない。

 

『向日性植物』の眩いほどの光量と、『独り舞』の濃厚な暗闇——主人公の置かれた境遇や歩んだ道程の違いにより、生の苦難の根源の在り処もまた異なる。しかしながら、両者ともやはり光を志向している。生き延びようとしている。『独り舞』にはこんな台詞がある——「二人で邱妙津の軌跡を辿ろう。(中略)悲劇で終わらない『鰐の手記』を、一緒に書こう」。『独り舞』を書いていた時、私はまだ李屏瑤を知らなかった。私は日本にいて、彼女は台湾に住んでいた。しかしこの台詞は二千キロの距離を隔てて、「私はレズビアンが自殺しない物語が書きたかった」という李屏瑤の述懐と偶然にも響き合っている——そう感じているのは私だけではないはずだ。

 

『向日性植物』も『独り舞』も、希望を持つことが難しいこの時代に、私たちがそれでもなおもがき、生き延びる可能性を模索し、召喚するための物語なのだ。

 

末筆ながら、本稿の執筆中に大阪地裁が「同性婚を認めない現行民法は違憲ではない」という残念な判決を示した。多くの人の生の希望を奪いかねないその不当判決に強く抗議する。

 

『向日性植物』
李屏瑤/著 李琴峰/訳

 

【あらすじ】
台北の女子高に入学した「私」は、先輩の小游と惹かれ合い、戸惑いながらも付き合うことに。しかし、小游には親の無理解で入院させられていた元恋人・小莫がいた。台湾大学に合格した小游と小莫は、大学近くのアパートで同居を始める。一年後、「私」も台湾大学に合格するが、二人とは距離を取ってしまう。大学を卒業した小游と小莫は渡米し大学院へ。翌年卒業した「私」は台北で会社員になる。時は流れ数年後、小莫から国際電話で「心臓の手術をするため帰国する」と連絡があり……。

 

今を生きる少女たちの揺れ動く青春の日々を、繊細かつ誠実に描き出した傑作。

 

李屏瑤 (り・へいよう)/著
1984年、台湾生まれ。小説家、劇作家、ライター。台湾大学中国文学科卒業。台北藝術大學戯曲藝術創作研究科修了。2016年『向日性植物』で作家デビュー。台湾で9刷となるベストセラーに。そのほかの代表作に戯作《無眠》(仮訳:眠れない夜)、エッセイ集《台北家族、違章女生》(仮訳:台北家族・アウトロー女子)などがある。

 

李琴峰(り・ことみ)/訳
1989年、台湾生まれ。作家・翻訳家。2013年来日。2015年、早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程修了。2017年、『独り舞』で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞。2021年『ポラリスが降り注ぐ夜』で第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞、『彼岸花が咲く島』で第165回芥川賞受賞。他の著書に『星月夜』『生を祝う』などがある。

 

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『独り舞』
李琴峰/著

 

【あらすじ】
小学生の頃、想いを寄せていた同級生が亡くなった。迎梅は死への思いに囚われながら、レズビアンである疎外感に苛まれて生きていた。高校時代の淡い恋、そして癒えない傷。日本に渡り、名を変え、異なる言語を使う彼女を苦しめ続けるものとは何なのか——。第60回群像新人文学賞優秀作にして、芥川龍之介賞受賞作家・李琴峰のデビュー作。

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