国内最強の官僚組織「内閣法制局」は国民の敵か味方か?
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ryomiyagi

2022/09/26

2022年7月8日午前11時ごろ、奈良市内の近鉄大和西大寺駅前で、参議院選挙の応援演説中の前総理大臣・安倍晋三氏が銃撃され死亡した。犯人は、奈良市内に住む無職の元自衛隊員・山上徹也(41)。山上の母は宗教団体「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」に入会しており、「母親が団体に多額の寄付をし、家庭が崩壊した。(団体を韓国から)招いたのは岸信介元首相。だから(孫の)安倍氏を殺した」と供述した。

 

およそ30数年前、オウム真理教が台頭してきた当時、同じく危険な宗教団体として(旧)統一教会の多額な献金や霊感商法などが連日ワイドショーを賑わしていた。にもかかわらず、オウム真理教が「地下鉄サリン事件」を引き起こした途端、ニュースはオウム一辺倒となり、統一教会を含む他の宗教団体に対する報道はお茶の間から姿を消してしまった。
そうして、私たち国民が知らぬ間に統一教会は団体名を変え、密かに、そして周到に勧誘活動を継続していたらしい。その結末が、先日のテロルとなったようだ。それにしても、あれほど騒がれた団体が、なんらの罰則も制約も無く今もって宗教活動を行っているという強烈な違和感を人々は抱いているに違いない。「政教分離」。これこそは、日本がなし得た世界に誇るべき歴史的偉業である。日本国憲法にも規定されているこの理論において、先の天皇陛下を弔う儀式までもが様々な制約を受け、その後の皇位継承権問題においても天皇陛下ご自身の意思を排除してしまう。これらの、日本国民の多くが驚愕するような強権を持つのが内閣法制局である。しかし、それほどの強権を持つ内閣法制局をもってしても(旧)統一教会を規制することはできなかったのだろうか。いや、できたはずだ。
では、できたはずの規制をしなかったのには、いったいどれ程高度な政治的判断が働いたのだろう。などと考えているところに、『検証 内閣法制局の近現代史』(光文社新書)を手に入れた。著者は、憲政史研究者として言論活動を展開する倉山満氏。同じく強権を有する官僚組織を検証し、今もロングセラーを誇る『検証 財務省の近現代史』『検証 検察庁の近現代史』との三部作を完結する一冊だ。

 

太政官以来の法令がすべて頭に入っていて、やたら法律に詳しい人たちの集団です。
法律の本というと素人は六法全書を思い浮かべます。分厚い本ですが、あれはダイジェストです。ダイジェストではない法律文書をそらで覚えている……。

 

太政官といえば、奈良時代に制定された最高行政機関であり。近代においても幕末から明治にかけて設けられた官僚であり組織である。そんな大昔からの途方も無い量の法令を諳んじることができる人たち……。本書の中で著者は、そんな法制局の職員77名を「修行僧のような人たち」と称する。修行僧にしては強権に過ぎるようだが、大きな強制力を持つ僧というなら、平安中期以降に仏神の権威と武力を背景にして訴えや要求を繰り返した寺社勢力とでも言えばいいのか。いや、ここでいう内閣法制局は、日本神道における最高祭祀者である天皇陛下の動向にすら異を唱える強烈な組織である。

 

1989(昭和64)年一月七日、昭和天皇が崩御されました。ご葬儀として葬場殿の儀と大葬の礼が行われます。ここで内閣法制局が、儀式に関して政教分離の観点から神道の宗教色の強い真榊と鳥居を置いてはいけないとか、クレームを飛ばしてきました。
現行憲法下でも貞明皇后の葬儀が神道形式で行われていた先例があるにもかかわらず、第八代味村内閣法制局長官(一九八六年七月~一九八九年八月在職)は、頑として違憲だと言い張ります。(中略)
真榊はともかく鳥居は大きいので簡単には動かせない。さあ、どうするか。必要は発明の母。鳥居に滑車をつけて、大葬の礼に移るときに鳥居を動かしたのでした。

 

なんと、もはやその強権ぶりは呆れるほどである。日本国民なら誰もが知っている天皇陛下の絶対的な権威に対して、ましてやその葬儀にすらも異を唱え、前例も無き仕様を押し付けることができるとは、この一事をとっても国内最強の官僚組織といえよう。さらに近年では、深刻な跡継ぎ問題を皇室の継承権を問う場から問題の主役であるはずの天皇の言動を一切除外するなど、さすがに人権を持たない象徴であるとされる天皇陛下であるとはいえ、その理不尽は数多の国民の心情を震わせたに違いない。
ところが、それほどの理不尽をも押し通す最強の内閣法制局ですらも、オウム事件を契機に推進されるはずだった宗教法人に対する審査と捜査を推し進めることができなかった。いあや、できなかったのではなく、しなかったのかもしれない。だが、それはなぜだろう?
本書が記す、内閣法制局の強権振りを知れば知るほど、そんな至極単純な疑問が湧き上がってくる。

 

オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件は、それ以前と以後の世界各国のテロ対策を根底から覆した。そしてそれは、事件の舞台である日本のみならず、世界各国に衝撃を与えるほどの大事件だった。にもかかわらず、それまで盛んに唱えられていた危険な宗教団体の実像に迫る報道も、真相を暴く捜査も、法人として供与された様々な権益に対する調査も規制もないままに30年を過ごしてしまった。
そして起きたのが、冒頭のテロルである。
それを祖父・岸信介以来の系譜がゆえの因果と応報とするには言葉が過ぎるかもしれない。しかし、本書に記された内閣法制局が、それほどの権限を持っているにもかかわらずなんらの規制もかからなかったとすれば、やはりそこには、いかに権限が強固であろうと、法制局員個人も一官僚でしかないことによる官僚人事を掌握する部署からの干渉と、邪推するのは筆者だけだろうか。

 

果たして、国内最強とされる内閣法制局は、国家国民に対する強力な味方なのか、それとも国民生活を脅かす伏魔殿なのか、大いに考えさせられる。
本書『検証 内閣法制局の近現代史』(光文社新書)は、いつかの国会報道で耳にした内閣法制局なる一部署が、いかに国政を左右しているかを知らせる重要な一冊だった。

 

文/森健次

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検証 内閣法制局の近現代史

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倉山満(くらやま・みつる)

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