『遠い空の下、僕らはおそるおそる声を出す』著者新刊エッセイ 野中ともそ
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BW_machida

2023/03/14

遠い空をまたいで声を繋げる物語

 

ニューヨークに暮らして三十一年、この三年間ほど息づまる閉塞感に包まれた日々はなかったように思う。

 

新型コロナウイルスの累計感染者数も死者数も世界最大となってしまったアメリカ。巷ではアジア系ヘイト犯罪が急増し、私も地下鉄や路上で幾度となく嫌な目にあった。今も地下鉄駅ではホームから突き落とされないように、電車が来るギリギリまで安全な場所で待つのが習慣になっている。

 

犯罪が横行していた何十年も前のニューヨークにタイムスリップしたみたいだね。友人と嘆きあうほど生活は激変し、世界が分断されるその少し前。ある物語を書き始めていた。

 

マンハッタンの街に放りこまれた日本人少年が仲間と出会い、アカペラを通して、閉ざしていた唇を少しずつ開いていく—そんな大まかな構想の青春物語。でも彼ときたらマーベルオタクで内向的、ややコミュ障気味な少年だけあって、なかなか歌い出してくれない。動き出してくれないのだ。

 

そのうち世界はパンデミックの渦に呑み込まれた。呑気にお歌なんて歌ってる場合じゃないんじゃね?少年も私も心でつぶやいていた。そんな中、幸いなことに別の著作が映画化されたこともあり、私は逃げるようにいったん少年の物語から手を放し、スピンオフ作品や電子書籍化作業に集中した。

 

それがどうしたことだろう。アメリカではBLM運動で暴動や略奪も起こり、夜間外出禁止令まで発令される中、PCの中で息をひそめていた少年少女たちが、少しずつ動き始めてくれたのである。タイトルにあるように最初はおそるおそる。途中からは声を放ち、つま先を前に踏み出し、泣き、笑い始めた。マンハッタンの少年と長崎の少女の声は繋がり、世界の「声」とも繋がり始めた。それは、摩天楼の街でスパイダーマンに遭遇するよりも奇跡めいたことかもしれない。

 

もしかすると歌声には何かを変える力があるかもしれない。本書でそんな奇跡の芽吹きを感じていただけたら幸せです。

 

『遠い空の下、僕らはおそるおそる声を出す』
野中ともそ/著

 

【あらすじ】

長崎の中学校で仲良くなったすぐりと気持ちがすれ違ったまま、親の仕事の関係で渡米して、高校生となった一葦(いちい)。激動する社会で悩み、ふさぎ込みそうになる。救ってくれたのは、オタク友達とのアカペラコーラス。歌声は海を越えて、世界と繋がっていき—。

 

のなか・ともそ
1998年、「パンの鳴る海、緋の舞う空」で第11回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『虹の巣』『洗濯屋三十次郎』『宇宙でいちばんあかるい屋根』などがある。

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