農産物を食い尽くす「バッタ」を倒せ、アフリカで!
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黒い影が目の前を横切った。群れからはぐれたバッタに違いない。車に驚いて、バッタがチラホラ飛びはじめた。いるぞ。明らかにバッタの数が増えてきている。バッタの大群は近い。胸の高鳴りを抑えるのに必死になりながら、道なき道を突き進む。期待と緊張感は高まるばかりだ。目を見開き、どこに潜んでいるのか、くまなく探し回る。

 

目の前に立ちはだかる巨大な砂丘を大きく回り込み、視界が開けた瞬間、億千万の胸騒ぎが全身を走った。大量のバッタが群れを成し、黒い雲のように不気味に蛇行しながら移動していた。その尾の先は地平線の彼方にまで到達している。想像を遥かに超えた異様な光景に唖然とする。すぐに驚きが一周して笑えてきた。

 

「こんな巨大な群れを退治するとか、どうやったらいいのよ」

 

こんなものに闘いを挑もうとしていたとは、私はなんと無謀なのか。あまりの果てしなさに茫然とする――。

 

バッタは漢字で「飛蝗」と書き、虫の皇帝と称される。世界各地の穀倉地帯には必ず固有種のバッタが生息している。私が研究しているサバクトビバッタは、アフリカの半砂漠地帯に生息し、しばしば大発生して農業に甚大な被害を及ぼす。

 

その被害は聖書やコーランにも記され、ひとたび大発生すると、数百億匹が群れ、天地を覆いつくし、東京都くらいの広さの土地がすっぽりとバッタに覆い尽くされる。農作物のみならず緑という緑を食い尽くし、成虫は風に乗ると一日に100km以上移動するため、被害は一気に拡大する。

 

地球上の陸地面積の20%がこのバッタの被害に遭い、年間の被害総額は西アフリカだけで400億円以上にも及び、アフリカの貧困に拍車をかける一因となっている。

 

バッタの翅(はね)には独特の模様があり、古代エジプト人は、その模様はヘブライ語で「神の罰」と刻まれていると言い伝えた。「蝗害」というバッタによる被害を表す言葉があるように、世界的に天災として恐れられている。

 

なぜサバクトビバッタは大発生できるのか? それはこのバッタが、混み合うと変身する特殊能力を秘めているからに他ならない。まばらに生息している低密度下で発育した個体は孤独相と呼ばれ、一般的な緑色をしたおとなしいバッタになり、お互いを避け合う。

 

一方、辺りにたくさんの仲間がいる高密度下で発育したものは、群れを成して活発に動き回り、幼虫は黄色や黒の目立つバッタになる。これらは、群生相と呼ばれ、黒い悪魔として恐れられている。成虫になると、群生相は体に対して翅が長くなり、飛翔に適した形態になる。

 

長年にわたって、孤独相と群生相はそれぞれ別種のバッタだと考えられてきた。その後1921年、ロシアの昆虫学者ウバロフ卿が、普段は孤独相のバッタが混み合うと群生相に変身することを突き止め、この現象は「相変異」と名付けられた。

 

大発生時には、全ての個体が群生相になって害虫化する。そのため群生相になることを阻止できれば、大発生そのものを未然に防ぐことができると考えられた。相変異のメカニズムの解明は、バッタ問題解決の「カギ」を握っているとされ、1世紀にわたって世界的に研究が積み重ねられてきた。

 

バッタに関する論文数は1万報を軽く超え、昆虫の中でも群を抜いて歴史と伝統がある学問分野であり、現在でも新発見があると超トップジャーナルの表紙を飾る。

 

ちなみに、バッタとイナゴは相変異を示すか示さないかで区別されている。相変異を示すものがバッタ(Locust)、示さないものがイナゴ(Grasshopper)と呼ばれる。

 

日本では、オンブバッタやショウリョウバッタなどと呼ばれるが、厳密にはイナゴの仲間である。Locustの由来はラテン語の「焼野原」だ。彼らが過ぎ去った後は、緑という緑が全て消えることからきている。

 

アフリカに行きさえすれば、サバクトビバッタの群れに出会えるかもしれない。しかし、私はしがないポスドクのため、職を得るためには論文を発表し続けなければならない。

 

アフリカに行ったからといって論文のネタとなる新発見ができる保証はどこにもない。なぜなら、室内の実験設備が整っておらず、研究の全ては野外で行われるからだ。自分の運命を自然に委ねるのは、あまりにも危険すぎた。

 

しかし、日本には、給料をもらいながら自由に研究できる制度はもはや皆無だった。結局、アフリカに行ってみたのは31歳の春。向かった先は日本の国土のほぼ3倍を誇る砂漠の国・西アフリカのモーリタニアだった。

 

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バッタを倒しにアフリカへ

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前野 ウルド 浩太郎(まえの うるど こうたろう)

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