年次の人事考課は廃止して、業界最高水準の給料を払う――NETFLIXの報酬の決め方
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いまや世界190カ国以上で事業を展開し、総会員数は1億人以上、ピーク時に全米のインターネット帯域幅の3分の1を占有するNETFLIX。その急成長を支えているのが独自の人事文化だ。その考え方は、「NETFLIX CULTURE DECK」という社内文書にまとめられている。これが2009年に初めて公開されると、Facebook社のCOOであるシェリル・サンドバーグが「シリコンバレー史上、最も重要な文書」と称賛し、これまでに1800万回以上も閲覧されてきた。

 

今回、NETFLIX CULTURE DECKの共同製作者であり、同社の最高人事責任者でもあったパティ・マッコードが、同スライドを元に書籍化した『NETFLIXの最強人事戦略――自由と責任の文化を築く』(原題:Powerful: Building a Culture of Freedom and Responsibility)の日本語版が刊行となった。本書から、そのエッセンスの一部を抜粋・再構成して、2回に分けて紹介する。

 

 

従業員特典がすばらしい仕事をさせるわけではない

企業による従業員特典競争は、ばかばかしいレベルにまでエスカレートしている。数か月前のこと、あるスタートアップの全従業員約100人に話をしてほしいと頼まれた。講演のあとの質疑応答セッションで、1人が手を挙げていった。

 

「とても大事なことなんで、教えて下さい。ビアサーバーは部署ごとに設置するのと、社内に1台設置するのと、どっちがいいでしょう?」

 

当時この会社はオフィス中にブランコやハンモックをつるしていた。私は聴衆に向かって答えた。

 

「いったい何が聞きたいのかしら? 事業がどうやって成り立っているのか、知っていますよね?」

 

彼が「おっしゃることがわかりません」というので、こういった。

 

「顧客にサービスを提供すれば、お金がもらえる。そのお金で業務コストをまかない、残りが利益になる、それがビジネスの基本です。ビアサーバーとは何の関係もありません。会社は従業員を楽しませるために存在しているのではありませんっ!」

 

部屋を見回すと、聴衆は呆然としていた。そこで、従業員を楽しませることには何の問題もないが、従業員と会社の双方にとってベストなのは、優秀な同僚と一緒にすばらしい仕事ができるのを従業員が喜んでくれることだと説明した。

 

仕事の満足度は、グルメサラダや寝袋やテーブルサッカーの台とは何の関係もない。仕事に対する真のゆるぎない満足感は、優れた同僚たちと真剣に問題解決にとりくむときや、懸命に生み出した製品・サービスを顧客が気に入ってくれたときにこそ得られる。

 

会社にもたらす価値をもとに報酬を決める

私がコンサルティングを行うテーマのなかで最も難しいものが、報酬だ。

 

競合他社と比べて遜色のない給与をオファーすることが、トップ人材を採用するための必須条件なのは明らかだ。しかしほとんどの企業が市場実勢に合った給与を支払いたいと考えているにもかかわらず、それを実行するのは往々にしてとても難しい。

 

優れた第一候補はいくらの追加収益を生み出してくれるのか? この人材は、とくに3か月後ではなく今すぐ仕事にとりかかれるのだから、優れた検索システムを他社より早く立ち上げる原動力になるだろうか? ターゲティングの精度を上げることによって、どれだけの広告収入をもたらしてくれるのか? 人材管理の経験にはどれだけの価値があるのか? 優れたチームリーダーの手腕を発揮して、競合企業に引き抜かれそうな優秀な人材を引き留めてくれるだろうか? またとくにイノベーションが急速に進んでいる分野なら、この候補者が競合他社で働かないことの価値も上乗せして考える必要がある。

 

現在の市場需要や給与調査は、将来の追加収益を計算する際の参考にはならない。給与調査に指標としての価値がないとはいわないが、他社のオファー水準を知ろうとして、異なる条件を苦労して比較するのはそこそこにしておくのが賢明だ。それよりは、候補者に期待できる実績や、実現できる未来の価値を考え、それに対してどれくらいの金額を出せるかに集中した方がいい。

 

人事考課と報酬制度を分離する

私がネットフリックスでまっ先にやったことの一つが、給与制度と人事考課のプロセスを切り離すことだった。そんなことができるのか、ましてや望ましいのかと疑う気もちもわかる。なにしろ、二つの制度は切り離せないほど密接に絡み合っているように思えるからだ。実際、人事考課のプロセスと昇給や給与計算が緊密に結びついていることが、企業が人事考課の廃止に踏み切れない主な理由である。だからこそ、両者を分離すべきだというのだ。

 

両者を切り離すという考えに抵抗を感じるのは、主に両者を結びつけている安易な発想に原因がある。通常、マネジャーが直属の部下を評価し、その結果をプログラムに入力すると、部署や会社の業績と連動した所定のレンジ内での推奨昇給額が算出される。人事考課の結果がよければ、その人材は会社にとっての価値が高いということだから、これは給与額を決定するのに適したやり方だろう? いや、そうではない。人事考課制度は、ばかばかしいほど時間がかかって非効率だというだけでなく、給与決定で考慮されなくてはならない重要な要因の一部が、報酬の算定方式から抜け落ちてしまうのだ。

 

私自身、評価と報酬を連動させる以外に給与を算定する方法があることに、最初から気づいていたわけではない。だがネットフリックスの従業員が競合企業に高額オファーで引き抜かれるようになって、はたと気づいたのだ。

 

ある日うちの従業員が今の給与の2倍近くの金額をグーグルにオファーされたと聞いて驚いた。彼の上司は、こんなに重要な人員を失うわけにはいかないと青くなり、莫大な金額で対抗しようといってきたが、そんな金額はとても払えないと、私はつっぱねた。彼の上司と2人の副社長とメールで激論を戦わせ、私は「グーグルが神より金もちだからといって、グーグル基準で給与を決める筋合いはない!」と主張した。議論は週末にまでもち越した。「彼がどんなに優秀なのか、君にはわかっていない!」といわれたが、ピンとこなかった。でも日曜の朝目覚めたとき、突然腑に落ちたのだ。

 

「ああ、なるほど! グーグルが彼をほしがるのも無理ないわ。彼らのいう通りよ!」彼はとてつもなく価値の高い、パーソナライゼーション技術を開発していて、彼ほどこの分野に精通している人材は、世界でも数えるほどしかいなかった。彼がネットフリックスでの仕事を通じて、自分の市場価値を格段に高めたことに、ようやく私は気づいたのだ。急いでメールを送った。

 

「私がまちがっていました。損益計算書を見直して、チーム全員の給与を倍増できることがわかったから、ぜひそうしましょう」

 

この経験を機に、報酬に対する私たちの見方が変わった。ネットフリックスは一部の職務に専門性と希少性をもたらしているため、社内の給与水準にこだわれば業績貢献者に経済的損失を与えることになる。他社に移ればもっと稼げるのは確実なのだから。優秀な人材が、会社をやめない限り自分の価値に見合う金額をもらえないような制度は廃止しようと決めた。また私たちは、従業員に定期的に他社の面接を受けることを奨励している。これは、うちの給与が他社と遜色のない水準なのかどうかを、最も効率的かつ確実に知る方法なのだ。

 

透明性が市場ベースの報酬制度を支える

給与やその他の報酬に関する情報は従業員に秘密にするべきだと考える企業が多い。

 

私が本当にばかげていると思うのは、給与調査のデータを従業員に共有しないことだ。それは給与額の根拠として提示すべき情報なのに。企業は従業員に報酬の根拠を説明する努力を惜しんではいけない。なぜ情報を与えたがらないかといえば、市場全体の水準からすればもっと高い報酬を支払われるべきだと従業員に思われることを恐れているからだろう。また、同等の価値の仕事をしている同僚より自分の給与が少ないことを知った従業員が気を悪くするのを恐れている。

 

たしかに給与は不平や噂の格好のタネになる。でもだからこそ、透明性を高めるべきだというのだ。オープンな姿勢でいれば、なぜほかの人があれだけの給与をもらっているのかと従業員に聞かれたときも、説明することができる。金額のちがいを説明する適正な根拠をもつことによって、業績志向の文化が強化される。従業員に公開できる根拠がないという場合、なぜないのかをよく考えた方がいい。

 

報酬を適正で理にかなったものにするには、給与やその背後にある方針についてオープンに話し合うのが一番だと、私はかねがね考えている。給与情報を公開することが従業員の感情を害すると思われがちなのは、業績への貢献度よりも上司のおぼえや年功などがものをいう不条理がはびこっているせいでもある。実際の貢献度をもとに給与が支払われていれば、こんなふうに説明できる。「彼女は年俸32万5000ドルで、あなたの年俸に比べて不当に多いと思うかもしれないが、彼女のおかげでうちは厄介な状況から5回も抜け出すことができた。彼女の優れた決断が会社にもたらした価値を計算すると、こうなる」。

 

当然だが、ここまで情報をオープンにするには、注意深く行う必要がある。情報を共有する理由と、給与額の根拠をきちんと伝えよう。

 

つまり、給与を人事考課に連動させるべきだということ? いや、そうではなく、給与を業績だけと連動させるのだ。このやり方と一般的な慣行の間には大きなちがいがある。

 

そのちがいを最も如実に物語っているのは、女性が受けとる給与が同等の能力の男性に比べて少ないという、どこにでも見られる問題だ。透明性は、この事態の解消を確実に早めるだろう。

 

シリコンバレーで女性の給与が男性の給与の70%にとどまっている理由を、女性の交渉ベタのせいにしたがる人が多い。それよりも、女性に対する偏見と、伝統的に給与が低い人事や経理の仕事を女性が占めていることの方が大きいと、私は考える。人事で一番給与の高い人でさえ、一般的な技術職の半分しかもらっていない。この一因は需給バランスにあり、技術系人材の不足を考えれば当然だが、人事や経理の成果を業績と結びつけるのが難しいことも理由の一つだ。企業は――客観的な成果指標を当然考慮に入れて――女性の給与を平均まで上げるべきです、と私が主張するたび、「それは解決不能な問題だから」と反発される。あるCEOにこの提案をしたところ、「そんなことは弁護士が許さない」というので、「弁護士は何を心配しているんですか?」と聞くと、「もちろん、私が訴えられることだよ」と答える。「女性従業員の給与を上げて訴えられる? そんなわけないでしょう」というと、「いやそうじゃない、そんなことをするとそれまでの非を認めたことになって、訴えられるんだ」という。「実際、非があったわけでしょう!」これが真の障害なのだ。

 

それに女性が交渉ベタだって? 十分な根拠のある情報を提供されれば、多くの女性が説得力のある議論ができることは私が保証する。

 

パティ・マッコード Patty McCord
元NETFLIX最高人事責任者で、NETFLIX CULTURE DECKの共同執筆者。サン・マイクロシステムズで人事のキャリアを始め、ボーランドなどを経て、NETFLIXにはIPO時から参加。人材集め、多様性、コミュニケーションなどを専門とする。現在は企業文化やリーダーシップについて複数の企業や起業家へのコンサルテーションをしながら、世界中で講演活動を行っている。

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NETFLIXの最強人事戦略

NETFLIXの最強人事戦略自由と責任の文化を築く

パティ・マッコード/櫻井祐子訳

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