akane
2018/08/23
akane
2018/08/23
都市人口が増加した日本では、土を触ったり、耕す機会は減ってしまった。しかし、12種類の土は表に見えないところで、さまざまなものにかたちを変えて私たちの生活と関わっている。これをバーチャル・ソイルと名付けたい。
バーチャル・ウォーター(仮想水)という概念がある。食料を輸入することは、その食品の生産や移動に要した水をも消費していることを意味する、ということだ。土と水は一緒にその大切さを語られることが多いが、直接口にしない土の方が説得力に欠ける。バーチャル・ウォーターに対抗する意味を込めた「バーチャル・ソイル」の目指すのは、「食糧を輸入することは、土の栄養分まで輸入している」とか、「知らず知らずのうちに土を劣化させている」とか、「土を大切にしましょう」なんていう啓蒙だけが目的ではない。それ以前に、土と私たちの見えないつながりを発掘することにある。自分がどんな土に生かされているかを理解することで、自分の身を守ることもできる。
抽象的なことをいうよりも、具体的な食事や健康との関わりから説明しよう。私たちの食卓に並ぶ食べ物の95パーセントは、統計上、土に由来する。ただし、食べているのは土ではなく、植物を介してだ。植物は動けないため、その栄養バランスは土の養分供給力に大きく左右される。
12種類の土壌の養分供給力を比較すると、栄養分の過不足がないのはチェルノーゼムや一部の粘土集積土壌くらいだ。アルカリ性を示す砂漠土やひび割れ粘土質土壌の一部では、鉄が溶け出しにくくなる。鉄の少ない植物を摂取し続ければ貧血になるリスクを高める。日本では心配ないはずの鉄不足だが、石灰肥料をやり過ぎた畑の土やハウス栽培の土では同じリスクが生じる。露地栽培とハウス栽培の農産物、野菜と肉・魚、バランスよく摂取することの意義は、栄養士さんだけではなく土も支持している。
化学肥料がなかった時代、オキシソルではカルシウム、リンの欠乏が骨折のリスクを高めていたという。ポドゾルや泥炭土の多いフィンランド、中国の内陸部には、土壌中のセレンという微量元素の欠乏によって心臓が衰弱してしまう風土病(克山病)がある。日本では火山灰土壌でも若手土壌でも未熟土でも、本来は、みな酸性だ。カルシウムやナトリウムは乾燥地の土壌よりも少ない。それでも、土を原因とする明らかな欠乏症は報告されていない。土の栄養分と不足を補う肥料のおかげだ。
喜んでばかりもいられない。土に恵まれていることは必ずしも健康と直結していない。一つの地域の土壌の農産物ばかりを食べていると栄養素が偏るリスクがある反面、いろんな地域の土壌に由来する農産物が集まる都市部ではそもそも食に気を配らないために、よほど不健康な人が多いという。スーパーでいろんな産地の食材を選ぶことが、自分の健康にも産地の応援にもつながる。
火星のレゴリスには有害な重金属のクロムが高濃度で存在しているが、地球の土では地中深くに沈み込んでくれている。地球にあるのは、人為的な土壌汚染のリスクの方だ。鉱山から流出したカドミウムがイタイイタイ病を引き起こしたのがその例だ。上流から流出した養分を補足する水田と沖積土(未熟土)の強みが、弱みに変わることもある。弱みを強みに変えられるのか、その逆へと進むのかは、社会全体の知識の有無に大きく依存する。自分の生活と12種類の土との関わりを認識することは、自分の食と健康を守る最初の一歩だ。
*
以上、『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)を引用して掲載しました。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.