〈あとがきのあとがき〉ラテンアメリカ文学の面白さを見直すために─短編作家としてのコルタサル─寺尾隆吉さんに聞く(前編)
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EANLAS(East Asian Network of Latin American Studies)でのシンポジウムの発表につかった最新刊の『マイタの物語』(寺尾隆吉、水声社、2018年)

 

EANLASは社会科学系の方が中心に運営しているので、文学からの参加者は少ないのですが、私の研究には政治と文学の接点を扱うところがあるので、ゲストのような形で呼ばれたわけです。

 

──東アジア諸国のラテンアメリカ地域への関心は強まっているのですか。

 

寺尾 中国の場合、見るかぎり完全に政治・経済分野を中心とする戦略的関心のようです。アメリカやヨーロッパを押しのけて自国のマーケットを確保しようという意図は、学会でもかなり露骨に出ていました。韓国は、ここ数十年ラテンアメリカ研究が盛んです。サムスンのような企業がラテンアメリカ市場でシェアを伸ばしていますしね。日本企業より大きなシェアを占めることも多く、韓国にとっては世界戦略上、非常に重要な地域なのでしょう。ですから、今回行った全北大学校も国立ですが、国立大学では、政府がラテンアメリカの地域研究をサポートし、文化研究にも研究費をつける傾向があるようです。

 

──そこに日本から文学専門の寺尾先生が呼ばれたということですね。いらした方はほかにもおられますか。

 

寺尾 文学関係は今回私一人でしたが、前回は、キューバ文学専攻の安保寛尚さん(立命館大学)がいらしています。彼とは知り合いで、研究会も一緒なのでよく顔を合わせます。キューバがアメリカとの関係を改善したということで、タイムリーだったのでしょうね。今回の学会は土曜日だけで、午前から午後まで3つのセッションに顔を出しました。

 

日本におけるラテンアメリカ文学市場活性化の現況

 

──ラテンアメリカ文学は、80年代の末から90年代の初頭にかけて話題になったことが印象的でした。箱入りの「集英社ギャラリー[世界の文学]」、あのシリーズの記憶が強烈に残っています。その前から翻訳はされていましたが、当時評判になった山本容子さんの装丁画の影響もあって、インパクトが強かった。寺尾さんは71年生まれですから、あの時代にラテン文学に親しみ始めたのではないですか。

 

寺尾 そうです。私は89年に大学に入り、スペイン語を始めたのは18歳のときですが、おかげでそのときには、集英社のラテンアメリカ関連の巻がほぼ出揃っていた。それでバルガス・ジョサやガルシア・マルケスといったラテンアメリカ文学の有名どころを読み、しかも90年にはバルガス・ジョサがペルーの大統領選挙に出馬して話題になった。それでさらに興味を引かれたところがありました。

 

当時は集英社のほかにも、新潮社や国書刊行会などが、ガルシア・マルケスやカルロス・フエンテスとか、バルガス・ジョサなどの作品をいくつか出していたので、そのあたりをしらみつぶしに読んだことを覚えています。

 

──その頃、翻訳をなさっていた方には、今も元気で活躍なさっている方がいらっしゃいます。鼓直さんとか、木村榮一さんとか。30年代から40年代の生まれで、寺尾さんとは一世代、ないしはそれ以上の開きがある方々です。次世代ということでは、寺尾さんたち70年代以降に生まれた、いわば息子の世代の登場を待たなければいけなかったのでしょうか。

 

寺尾 うーん、どうでしょう。少なくとも、2008年、9年ぐらいから、つまりこの10年くらいの間に、現代企画室の「セルバンテス賞コレクション」や水声社の「フィクションのエル・ドラード」が始まって、紹介を活性化させる一因になったということはあると思います。松籟社など、他にも同様のコレクションを企画する出版社も現れて、それなりに市場も拡大し、若い世代の活動の場が広がったという感じでしょうか。

 

──ネットで調べると、寺尾さんの翻訳書の刊行は2009年の『作家とその亡霊たち』(エルネスト・サバト著、現代企画室)を皮切りにとてもコンスタントで、新旧の作家を取り混ぜて10年弱の間に25冊ほどありました。この活性化の原因は何だと思われますか。

 

寺尾 ひとつは助成金があることです。スペイン政府が毎年助成金の支給対象を公募しています。それで、われわれの仲間が作品の選定をして応募することが多く、私の翻訳の8割、9割には何らかの形で助成金が入っています。多いときは1作あたり100万近く入ることがあるので、赤字をそれほど心配せずにすみます。「フィクションのエル・ドラード」は、会社も非常に太っ腹で、『夜のみだらな鳥』が19冊目ですけれども、もっとどんどん訳してくれ、50冊ぐらいは出しましょう、と言ってくれています。

 

──本国の日本に対する関心も高いのでしょうね。

 

寺尾 そうですね。日本は、中国などと並んで、スペインが文学を売り込みたいと考えている地域なんです。回り回れば、結局は利益が出るという発想です。その勢いでここ10年くらいはスペイン政府が動いてくれていますね。ラテンアメリカ諸国でも、理解のあるスタッフが大使館に赴任すると、それなりの作品を選んで翻訳すれば、助成金を付けましょうという話になります。

 

──そういう動きが出始めたのが、2009年頃ということですか?

 

寺尾 2007年に麹町に「セルバンテス文化センター」が開設され、スペイン語関係の活動拠点ができたことが大きいでしょうね。それまでは、ドイツ語の「ゲーテ・インスティトゥート」とか、フランス語の「アテネ・フランセ」にあたるような組織が日本にはありませんでした。「セルバンテス文化センター」には、スポンサーがいろいろな形でついていて、利益もそれなりに上がり、活動も安定しています。たとえば今はイベリア航空などがスポンサーについています。

 

東京・麹町にある「セルバンテス文化センター」

 

館長や文化担当官などのスタッフはかなり腕利きで、文化事業にも明るく、理解のある人たちです。日本の文化担当官には、あまりそういうイメージがないかもしれませんが(笑)。

 

──寺尾さんは、谷崎とか安部公房をはじめ、日本文学をスペイン語にも訳していらっしゃいます。それにも補助金はあるのですか。

 

寺尾 付く場合もあります。谷崎の翻訳にも一回はいただいたと思います。こちらは国際交流基金頼みです。日本語からスペイン語というと、国際交流基金以外からお金を取るのはなかなか難しいですね。

 

光文社古典新訳文庫

光文社古典新訳文庫

Kobunsha Classics
「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」
2006年9月創刊。世界中の古典作品を、気取らず、心の赴くままに、気軽に手にとって楽しんでいただけるように、新訳という光のもとに読者に届けることを使命としています。
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