akane
2018/09/06
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2018/09/06
──『欲望』というアントニオーニの有名な映画があって、あれの原作がコルタサルですね。
寺尾 そうです。原作は「悪魔の涎」(Las babas del diablo)といいます。
──わたし、寡聞にも知らなかったんです。ミケランジェロ・アントニオーニのあの映画は60年代に観ていますけど。原作者を話題にすることはなかった。
寺尾 当時からコルタサルはヨーロッパでもけっこう有名な作家でした。フランス語訳もされていますし、イタリア語訳も英語訳も相当出ていて、とくに『石蹴り遊び』はアメリカでヒット作になりました。フランスとイタリアでは短編が受けて、ブームの一翼を担う作家として評価されていました。
「悪魔の涎」については、権利を売ったときの話が書簡に出てきます。アントニオーニが映画にすると言い出して、何千ドルとかの収入があったと。コルタサルも観たらしいですが、あまり好きになれなかったみたいです(笑)。
──映画一本の権利を売ると相当の収入になるんですか。
寺尾 そこそこの収入にはなるみたいです。コルタサルは、70年代の初めぐらいまでアルバイトをしないと食べていけなくて、通訳をやっていました。彼はフランス語、英語、スペイン語の通訳ですから、国際会議などがあると、そこへ行って同時通訳などをやって、73年とか4年でもまだこれでお金を稼いでいるんですよね。もう有名作家だったのに。
──けっこう苦労しているんですね。
寺尾 そうです。お金をほしがらない人でもありましたけど。物欲もあまりなかったようです。
──そのくせ、自分のことをブルジョワ的保護主義だなどと言っていますよね。
寺尾 そうですね。ライフスタイルとしては、映画を見て、音楽を聴いて悠々自適に暮らすというのが生活スタイルの基本でしたから、そういう意味ではブルジョワなのでしょうね。ただ、裕福だったわけではない。
──別にイデオロギー的にそういうことを言っていたわけではない?
寺尾 そうです。
──ペロンのイデオロギー性が嫌だっただけで?
寺尾 とにかくナショナリズムを強制されるのが嫌だったみたいですね。お国を愛しなさい、みんなで敬礼して整列しなさい、と言われても、基本的に団体行動は嫌いですから。だから、そういう右へ倣え、黙って従えという雰囲気が好きじゃないんです。そのわりに70年代以降は共産主義に傾倒してキューバ支持に回りました。キューバにボロが出ている70年代以降になっても、ずっとカストロを支持し続けています。
──ここらで締めの言葉をお願いします。
寺尾 何度も言いますが、コルタサルの処女短編集をこういう形で出すことができて、ほんとに良かったと思います。彼も生涯ずっと、これを自分の最初の短編集だと言っていました。いくつも短編を書いているのに、この8つを厳選して1冊本にする、そういう趣旨で編まれた短編集ですからね。読者のみなさんには、若きコルタサルの意欲にぜひ思いを馳せていただきたいと思います。とかく51年のパリ時代以降にばかり注目が集まりがちですが、出発点はやっぱりブエノスアイレスにあることが、これを読むとわかるはずです。
──どうもありがとうございました。
(聞き手:今野哲男)
奪われた家/天国の扉 動物寓話集
コルタサル/寺尾隆吉 訳
定価(本体780円+税)
ISBN:75379-5
発売日:2018.6.12
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