2018/11/19
横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店
『吹上奇譚』幻冬舎
吉本ばなな/著
〈海と山に囲まれた孤島のようなこの吹上町は特別な場所で、奇妙な言い伝えがいっぱいありました。〉
最初の一文を読んだだけで、物語の中にとぷん、と沈みこんでしまった。これからどんな景色が見えるのだろう? どんな人々と出会えるだろう?
新たな世界の扉を開くよろこびと、ほんの少しの恐怖。けれど、分かっていることがある。この本は私にとって大切な本になる。人生を共にできるような、本棚にあるだけでお守りになるような。
主人公は双子の姉、ミミ。ミミと妹のこだちが生まれた吹上町は、昔むかし異世界への入り口になっていた場所で、魔法の力が今もうっすら漂う。
両親は交通事故に遭い、父は亡くなり、母は街の奇病「眠り病」にかかったまま何年も目を覚まさない。ミミとこだちは、目を覚まさない母と、時が止まってしまった故郷から逃げるように、東京で二人暮らしをしていた。
物語は妹のこだちが失踪し、ミミが吹上町に帰るところから急速に動き出す。
故郷の街で出会うさまざまな人々。強力な力と引き換えに老婆と少女の姿のまま、虹の家に住む双子の占い師。異世界の血を受け継ぎ、人間の言葉が話せなくて大きな体に毛むくじゃら、街を統治する大地主一族の勇。母を眠り病で亡くし、街に残るか海外へ行くか、人生の分岐点に立つ墓守くん。
やがて、失踪していたこだちが現れ、母が目を覚ます。こだちと勇、ミミと墓守くんの恋の予感。雪解けを経て、花が咲き誇る春になるように、時計の針が動きはじめた吹上町。
時間が流れだしたのは、なぜだろう? 人々との出会いによって、ミミのこころが変わっていったからではないだろうか。
ミミは決めたのだ。勇気をもって、過去の呪縛を乗り越えると。自分の人生を、ありのままの自分で生きると。ミミの勇気ある行動が、あたらしい未来への全てのはじまりだった。
これは、物語の中だけに起こった奇跡じゃない。私たちが生きる世界にも、「呪い」や「魔法」や「奇跡」はそこここに転がっている。自分を縛り付けていた「呪い」を「善き魔法」に変えられたとき、世界は変わる。自分の中の闇をも抱きしめると決めたとき、闇は光に変わるだろう。
私たちは物語のような奇跡の世界に生きている。ミミもこだちも、私たちが生きる世界のどこかで、今日も命を輝かせている。
「自分の人生を生きる」と決めたなら、この物語は読む人に勇気と愛を授けてくれる。
恐れることは何もない。
『吹上奇譚』幻冬舎
吉本ばなな/著