「古典新訳文庫」は1人の編集者の情熱から始まった『いま、息をしている言葉で』

今泉愛子 ライター

『いま、息をしている言葉で。「光文社古典新訳文庫」誕生秘話』而立書房
駒井稔/著

 

 

本が好き。なのに好きな本を読む時間がない。仕事で読むべき本に追われているからだ。好きな本はまず買う。そんな私の書棚には、光文社古典新訳文庫がズラリと並んでいる。ただしほとんど未読。だけど買い続けている。

 

この本を読んで、私がなぜ光文社古典新訳文庫を買い続けているかがわかった。どれもいい本なのだ。著者の駒井稔さんは光文社古典新訳文庫の企画を立ち上げ、創刊から10年間編集長を務めた人物。古典に触れる楽しさに始まり、なぜ新訳が必要なのか、翻訳のあり方、作品の選定において心がけたこと、さらに本のデザインや注釈の入れ方、校閲者や宣伝担当者の工夫を熱っぽく語る。

 

これまで翻訳書では、わかりにくい翻訳調の文章や難解な専門用語がまかり通ってきた。それゆえ読者を遠ざけてしまう。光文社古典新訳文庫の創刊時のラインナップの一冊、カントの『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』は、校正刷りの段階で「悟性」や「格率」といった哲学の専門用語を従来の翻訳書のようにそのまま用いていたという。それでいいのか。著者は大きな決断を下す。翻訳者のもとに足を運び、「もっとわかりやすく」と説得したという。結果、「カントを初めて最後まで読めた」という人が続出した。

 

いい本は、担当者の熱意がないと生まれない。担当者の熱意がやがて周囲を巻き込んで大きなうねりを作る。かくして名シリーズが誕生した。著者は、そんな現場の空気感を見事に伝えている。

 

そして私は、光文社古典新訳文庫を仕事で読む機会に恵まれた。APU(立命館アジア太平洋大学)の学長、出口治明さんの連続講座「古典を読めば、世界がわかる」のスタッフとして関わることになったのだ。この講座では、光文社古典新訳文庫のなかから毎回一冊ずつ取り上げて、出口さんが解説する。レジュメ制作担当の私は、当然、事前に熟読しなくてはならない。本のセレクトは出口さんだから、私の「好き」とはややずれる。未読の山は減りそうにないが、どれもやっぱりいい本だ。

 

光文社古典新訳文庫を私はこれからも買い続けるだろう。そしてもちろん、この『いま、息をしている言葉で。』も、とてもいい本だ。

 

『いま、息をしている言葉で。「光文社古典新訳文庫」誕生秘話』/而立書房
駒井稔/著

この記事を書いた人

今泉愛子

-imaizumi-aiko-

ライター

雑誌「Pen」の書評を2002年から担当。インタビューや書籍の構成ライターとしても活動している。手がけた書籍は出口治明『教養は児童書で学べ』(光文社新書)、太田哲雄『アマゾンの料理人 世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所』(講談社)など。ランナーとして800mで日本一になったこともあり、長いブランクを経て、再び日本記録に挑戦中。


・Twitter:@aikocoolup
・オフィシャルブログ「Dessert Island」:http://aikoimaizumi.jugem.jp/

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