2019/08/20
横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店
『すきなひと』岩崎書店
桜庭一樹/著 嶽まいこ/イラスト 瀧井朝世/編集
この絵本は「恋の絵本」シリーズの第一作目。誰かをすきだと思うこと。何かをすきだと思うこと。恋には、ありとあらゆる種類やかたちがあるけれど、この絵本では、わたしじしんに対する恋が描かれている。そして、わたしはわたしを「すき」といっていいのだと思わせてくれる、まほうのつまった物語だ。
空には、輝くばかりの星がまたたく、あるよる。わたしは、“わたし”とすれちがった。
わたしは、リボンのついたカチューシャに、あかい縦縞の服。“わたし”は目深にキャップをかぶり、みどりの横縞の服。わたしのことなんて、見ていない“わたし”。でも、わたしは“わたし”だと気がついたから、迷わず声をかけた。
〈「どこへ いくの?」
「あっちに すきな ひとが いるから おいかけてる
いそがなきゃ! またね!」〉
そう言って、足早に駆けぬけていった。わたしに、すきなひとなんていないのに。へんなの、“わたし”!
でも、その日をさかいに、わたしは変わった。もういちど、“わたし”に出会いたいと思ったから。花びんのなかに、クローゼットのなか。カバンのなかに、望遠鏡。いろんな場所をのぞいて、わたしは“わたし”を探した。そんな場所、いるはずないのにね。
そんなことをするうちに、ずいぶん時間が経っていたみたい。気づけばわたしは、草原のみどりと、海と空のあおが、うつくしい場所にいた。さがしていた“わたし”も、そこにいた。
〈「すきな ひと いま いっちゃった」
「でも また すぐ くるよ」
「じゃ いっしょに まとうか」〉
それからの日々は永遠につづくようだった。太古のあさをむかえ、都会のビルから明かりがこぼれ、季節は幾度もめぐった。でも、ふしぎと退屈しなかった。だって、わたしはすきなひとを待っているんだから。ひゃくおくねんとも思えるような時間にも、ついにおわりがきた。すきなひとが、人生のたびを、おえたのだ。
やっと出会えた、だいすきなひと。おかえり、だいすきなわたし。
この物語みたいに、過去のわたしは今のわたしを見守り、今のわたしは未来のわたしを見つめているんだろう。だって、わたしは、“わたし”のことが、だいすきだから。
『すきなひと』岩崎書店
桜庭一樹/著 嶽まいこ/イラスト 瀧井朝世/編集