2019/11/11
小説宝石
『土に贖う』集英社
河崎秋子/著
北海道で羊飼いをして暮らし、自然と人々を描く河崎秋子。今年は『肉弾』で大藪春彦賞を受賞し、注目度が上がっている。
そんな彼女の新作『土に贖(あがな)う』は、明治維新以降の北海道での産業のトライ&エラーの歴史と人間たちのドラマを巧みに絡めて描き出す。
一篇一篇が濃密で深く、視点人物の置き方や構成の巧(うま)さにも痺れる作品集になっている。 今でも名産として知られるハッカ油や赤レンガ、馬の蹄鉄屋などのほか、意外な産業も登場する。
たとえば養蚕(ようさん)業。一時期札幌近郊で養蚕が盛んだったらしい。桑が足りなくなり本州から苗を取り寄せるが、やはり寒冷地では育たず、事業は廃(すた)れていく。その栄枯盛衰を、養蚕業の家に育った娘の目を通して描き、彼女の将来について不穏さを残し終わるのが「蛹(さなぎ)の家」。
毛皮用のミンクの養殖も一時は盛んで、現在では当時逃げたミンクが野生化して目撃されることもあるとか。昔養殖所があった場所を訪れた男が、過去に思いをはせる「頸(くび)、冷える」は、最後に浮かび上がる思いが胸に迫る。
不気味な男が登場するのは「南北海鳥異聞」だ。羽毛を採るために野生の鳥を撲殺する行為に快楽を覚えた男がその仕事を求めて南へ北へとさまよう。南の孤島で置き去りにされる場面は壮絶で、これだけで長篇になりそうだが、それを圧縮して短篇に仕上げる手さばきも見事。
開拓し産業を興すことは、人間がその土地に手を入れることでもある。そうしてその場所の土を、自然を変容させてきたことへの思いがタイトルには表れている。北海道の歴史と自然とを知る人間だからこそ書けたと安易に言いたくなってしまうが、この完成度の高さはやはり、河崎秋子だからこそ書けたとしか言いようがない。
『土に贖う』集英社
河崎秋子/著