テレビアニメ化もされた人気コミック『ACCA』の世界を舞台に、一癖も二癖もある男達が開業した煙草屋とは?

青柳 将人 文教堂 教室事業部 ブックトレーニンググループ

『BADON』スクウェア・エニックス
オノ・ナツメ/著

 

 

年明けを境に、表を行き交う人々の装いだけではなく、街の装いも一気に本格的な冬到来という気分にさせられる。吐く息も白くなれば、何気ない会話の中の端々にも冬の本格的な到来を実感させる言葉が目立ち始める。

 

冬という季節を実感する言葉は景観だけではなく服飾品や食べ物、生活用品に至るまで数多くあると思う。その中で大人の代表的な嗜好品の一つでもある煙草も、冬を連想させるとして外せないだろう。

 

平成という元号が始まったばかりの頃にはまだ、男女問わずにスーツの上からロングコートを羽織った大人達が、駅や雑居ビルの隅っこに設置してある喫煙スペースで、背中を丸めて小刻みに震えながら煙草を吸う姿をここ十数年で見かける機会が少なくなって久しい。

 

喫茶店や居酒屋等のテーブルで、ぎこちない会話の間を埋めるように、ゆっくりと揺らぎながら天井へと届く前に消えていく紫煙をどれだけ見てきただろうか。

 

それだけではない。煙草は実生活だけではなく映画やドラマ、そして小説や漫画等のカルチャーに於いても多大に影響を与えている。

 

インタビュワーの質問に思案した著名人が、深呼吸をするように煙草を一服した後に生まれた名言がどれだけあっただろうか。

 

そんな且つては物語の登場人物の嗜好品としても欠かすことの出来ない煙草に焦点を当てた作品が本書『BADON』だ。

 

最初に説明しておくが、本書はテレビアニメ化もされた人気コミック『ACCA13区監察課』(以下『ACCA』)と舞台を同じくしてはいるが、スピンオフ作品という位置づけではないので、本書から読み始めても十分に楽しむことができる。けれど、『ACCA』をコミックやアニメで知っていれば、より本書の世界観を楽しめるに違いない。

 

刑務所から出所してきた四人の男が、書名でもあるドーワー王国の首都バードンに降り立ち、煙草屋を開業するところから物語は始まる。

 

詐欺や強盗、恐喝とそれぞれ何かしらの前科を持った男達は、共通してドーワー王国内の全十三区の中一つであるヤッカラ区の出身。『ACCA』でもヤッカラ区はギャンブル好きな人々が一攫千金を狙って集う区として登場していて、本書でも彼等が酒を飲んで煙草を燻らせながらポーカーを楽しんでいる様子が描かれていたり、対話で解決できないような問題が生じた時にはポーカーで解決したりする。

 

作中の設定では重課税されて庶民の嗜好品としては程遠い高級品になってしまった煙草。何故に彼等はお世辞にも儲けることとはほど遠い煙草屋を開業したのか。

 

それは罪を犯して故郷ヤッカラに戻ることは叶わなくなってしまった彼等が共通して喫煙者で、唯一味の違いが分かるのが煙草だったからだ。

 

そして金持ちの象徴でもある煙草を扱う屋を開業することは彼等にとっては人生最大のギャンブルでもあり、賭け事好きのヤッカラの血が静かに滾っていることだろう。

 

まだ1巻が刊行されたばかりの本書だが、要所に過去のオノ・ナツメ作品を読み継いできた読者には嬉しい場面が顔を出す。

 

彼等が開業した煙草屋の入っている建物の一階では、『ACCA』でも登場する人気菓子店「HACHIKUMA」が営業している。

 

さらに物語が進んでいくと、主役の四人の男達が住む住居を兼ねた煙草屋に幼い少女が家事手伝いとして同居することになる。

 

この設定は、中年男性ばかりが住むアパートに留学生の少女が引っ越してくることから物語が始まる連作短編集『LA QUINTA CAMERA 〜五番目の部屋~』を彷彿とさせる。

 

そして日常物から時代物、ハードボイルド、そしてBL(ボーイズラブ)と多岐に渡る作品を描いてきた著者作品の魅力の一つとして、本書には作品全体に流れているヨーロッパ映画のような雰囲気を作り出している、独特の会話の間がある。

 

その間を埋めるように描かれる喫煙シーンは、時には大胆に煙草を持つ指先だけにフォーカスし、時間の経過を物語る。

 

煙草を持つ手元だけではなく、腕の曲げ具合や首の角度、その全てに著者のあくなき探求と拘りを感じさせる。

 

「コーヒーを一杯、タバコを一服、会話を楽しむ、人生を楽しむ」

 

これはジム・ジャームッシュ監督が十年以上の年月を経て一本のオムニバス映画作品として完成させた、『Coffee and Cigarettes』のDVDパッケージのキャッチコピーだが、本書の一癖も二癖もある前科持ちの男達のこれからの人生にも、そんなゆったりとした時間が流れて欲しい。そしてこれから本書を読む読者にも、時代の移り変わりによって失われつつある、煙草の魅力や嗜むことによって生まれる会話や、ライフスタイルの拡がりを、作品の魅力と共に、是非とも満喫してもらいたい。

 

 

『BADON』スクウェア・エニックス
オノ・ナツメ/著

この記事を書いた人

青柳 将人

-aoyagi-masato-

文教堂 教室事業部 ブックトレーニンググループ

映画学校、映像研究所を経て文教堂に入社。王子台店、ユーカリが丘店、青戸店、商品本部を経て現在に至る。過去のブックレビューとしてTOKYO FM「まえがきは謳う」、WEB本の雑誌「横丁カフェ」がある。

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