Bライフ――子供の頃に思い描いた秘密基地を現実化してくれている物語

藤代冥砂 写真家・作家

『自作の小屋で暮らそう』ちくま文庫
著/高村友也

 

読み終えて、作者の経歴が気になった。

 

いったい、山梨県で68万円の山林を購入し、10万円の材料費で家を建て、月2万円の生活費で暮らしている人間とは、いったいどんなであろう、という疑問への答えを探したかったからだ。

 

1983年生まれ。東大哲学科卒、慶應大大学院哲学科退学、という学歴は、高学歴を求める人にとっては、輝かしいものだろう。
哲学専攻、つまり考えた末にこのような生活を選び、実践しているということは想像できる。それも、然るべき知的作業を経て。

 

だが、この本に描かれ語られている著者・高村さんの生きる姿勢は、19世紀アメリカの隠遁者ヘンリー・ソローの現代版というのを極めて軽やかにしたような感じで、力みや思想などはあまり伝わってこない。

 

自らの必要最低限の生活を、高村さんはBライフと名付けている。Bはベイシックの頭文字である。さらに自ら揶揄して、ベイビッシュライフとも呼ぶ。子供心の、拙い、という意味だろうか。

 

本書は、自ら探して値段交渉した雑木林に転がり込み、ホームセンターで道具や資材を調達し、ソーラーエネルギー、水、トイレ、畑、などを安価もしくは無料で整えて、法に逆らうことなく、暮らしていく様を、発案時から、丁寧に記述することで、これはおとぎ話ではなく、世捨て人の嘆きを綴ったものでもなく、ただ、こう生きてみたかったという冒険譚となっている。

 

こういったものは、現代社会に対する批判が、作者の本意ではなくても透けて見えるのだが、この本の読後感は、そういうのではなく、現代社会の多様性を楽しい読書を通して開いて見せてくれる。

 

読み進めながら、へええ、こうもできるのかあ、ああもできるのかあ、と子供の頃に思い描いた秘密基地を現実化してくれている物語として、ぐいぐい引き込まれていった。

 

だが、である。冒頭の作者の経歴が示すように、高村さんは、この楽しく気ままなBライフが、現代の日本社会においてどういう位置と意味を持つのかを最後にしっかりと考察してくれている。つまり、おとぎ話が、いかに意味と未来を持つかについてである。

 

印象的な記述をいくつか書き出してみたい。

 

「ローコスト生活が既存の社会や文明に依存して成り立っていることは明らかであり、むしろ法律の許す限りは、それらを積極的に活用していこうというのがBライフの要旨であった。だからライフスタイルの一般性という意味では、ときに疑問符がつくことがあるかもしれない」

 

つまり、これは日本国民みんながBライフを楽しむことは不可能であるということであり、成熟した社会があるからこそ、その隙間で、税金や健康保険、年金などを最低額に抑えて、自分の価値観に適合するシンプルで安価な環境を享受する生き方を選ぶことが出来る。これは、Bライフの現代社会においての位置として客観的な事実だろう。

 

「しかし、更地を前に建造物と生活の想像を膨らませること、それを簡単な道具で一歩一歩実現すること、そして足るを知って暮らせる実感を得ることは、いかなる社会体制や思想的立場をも超えて、平和の礎になるはずである。そのとき湧き上がってくる高揚と喜びは普遍的なものであり、時代に左右される泡のような価値ではない。その純粋な生の喜びを軸に生きていくことは、決して間違いではないはずだ」

 

これは現在から未来へと放たれた思いである。現実を憂うよりは、多様性、可能性への言葉だろう。そして全体の結びはこうである。

 

「実際に小屋を建てる人も、想像して楽しむだけの人も、読者の心が平穏で静謐なものでありますように。未来に開かれた、束縛なきものでありますように」

 

クリックで得た知識や経験は、実体験から得たものとは違うのは明らかだが、これは種類が違うでだけで、上下はないと私は考えている。だが、持続力のある幸福は、五感や六感を通した実体験を経なければ得られないと、まだ考えもしている。ちょっと古臭い感じもしているが、まだそこは揺るぎないのである。

 

社会に流され生かされるのではなく、社会の中で主体的に生きるには、未来に開かれた束縛なき何かを、自身で育み守り続けることも大切だろうと、この読書で確認した次第。

 

『自作の小屋で暮らそう』ちくま文庫
著/高村友也

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

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