目をみはる目の本 ブルベイエベ診断と目の進化『ヒトの目 驚異の進化』

大南武尊 研究員

『ヒトの目、驚異の進化』ハヤカワノンフィクション文庫
マーク・チャンギージー/著 柴田裕之 訳

 

 

■視覚に関する4つの謎に迫る

 

私たちは外界に存在する様々な情報を、感覚器官を通して変換し、知覚する。例えば、ケーキという対象を知覚する時、目で見たり、臭いをかいだり、手で触ってみたりする。
私たちが知覚過程で使う感覚。それは味覚や嗅覚、聴覚、触覚、そして視覚だ。そのなかでも本書は、ヒトの視覚に関する4つの疑問にフォーカスし、視覚進化の新しい学説を一般向けに敷衍(ふえん)した本である。

 

「なぜ目は色が見えるのか?」「なぜ目は前についているのか?」「なぜ目の錯覚が起きるのか?」「なぜ文字は今の形なのか?」

 

突然、作者はこの4つを「超人能力」と語り、如何わしい似非科学臭を醸し出したが、いたって真っ当な科学の本である。未定義語をいきなり使ったり、バックグラウンドがないとロジックがつかみにくい部分があったりするが、語り口は軽妙、図は豊富、理論は大胆で、知的探求心を刺激する視覚の旅へ誘ってくれる。

 

特にビューティという観点から、「なぜ目は色が見えるのか?」の謎に迫る章は興味深い。
メイクやファッションといったビューティに関わり、また興味を持つ人々には是非読んでもらいたい。

 

■目が見えるのは「美容」のため?

 

図1 血液の状態と肌色変化について
(提供:早川書房)
図2 血液の状態と肌色変化について
(提供:早川書房)

 

本章では、ヒトが色覚をどのようにして進化させたかが、豊富なカラーページで軽妙に語られている。ヒトの目は、肌の色変化を読み取れるように進化したというのだ。
化粧品会社の人間として思うに、この章は非常によく書かれている。特に上図は、様々なことを説明するのに有用である。

 

肌色は実に多様に変化する。ヘモグロビン(酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンの量)、色素、肌組織の光反射吸収スペクトルによって、肌の色や質感が決定される。ということはご存じの通り、体調によって肌色は変化するということだ。

 

例えば、寝不足の時に発生するクマ。これは血流が滞り、還元ヘモグロビンの量が増えるために発生する。長続きするクマは、それに加えてメラニンの色素沈着も影響する(SCCJ「目の周りのくまに対する皮膚科学的検討とその対処法について」2004)。
還元ヘモグロビンが非常に多く存在している状態なので、クマは青黒く見えてしまう。図でいうと、上の領域に位置する(またメラニン色素は茶褐色のため、メラニンが多い場合は茶褐色にも見える)。

 

■「イエベ肌」か?「ブルベ肌」か?

 

最近話題のブルベイエベ診断も、実は、上図から基本的には話ができる(より正確にはメラニン量も加味しなければいけない)。ブルベイエベとは、「ブルーベース、イエローベース」の略で、肌色の傾向を示すものである。この傾向を知ることで、自分に合う洋服やメイクの色が分かると言われている(春夏秋冬の違いも存在するが、今回は割愛する)。

 

診断でされる代表的な質問は、こうだ。

 

1.腕に浮き出ている血管の色は、(A)緑っぽいか、(B)青っぽいか
2.感じる肌悩みは、(A)くすみか、(B)血色感がないことか
3.手のひらが、(A)黄色・オレンジっぽいか、(B)青・ピンクっぽいか

 

である(念のため簡単に言うと、くすみとは、肌の黄みが増して輝きがないような状態のこと)。

 

(A) が多い場合イエベに、(B)が多い場合はブルベに分類される。

 

イエベに関してみると、血管が緑っぽく見え、くすみがあり、肌が黄色かオレンジっぽい。これは図で言うと、ヘモグロビン濃度が低い下側に位置することが分かる。逆にブルベに関してみると、血管が青っぽく、血色感がなく、肌が青かピンクっぽいため、図で言うとヘモグロビン濃度が高い上側に位置することが分かる。

 

■美容やファッションのエキスパートは、なぜ肌に合う商品をアドバイスできるのか

 

上で述べた話は、美容の現場ではよく気にされるものである。
例えば、お店でメイクをするビューティアドバイザーや洋服のアドバイザーは、私たちの“肌色の変化”に気づき、似合う色をしっかりレコメンドできる。彼らはなぜ、肌の違いを認知できるのだろうか。

 

実は私たちは、自分たちが所属するコミュニティの平均肌色を基準として、注目対象の肌色の変化を認識しているのだ。それゆえ私たち日本人は、日本人同士の肌色の差や変化には気づきやすいが、違った肌色、例えば黒人のそれらには気づきにくい。

 

このことは本書で論ぜられているが、面白いことにSCCJ(日本化粧品技術者会)においても同様の研究が発表されていたことがある(きっと筆者は、化粧品分野においても専門性を高められるかもしれない)。

 

よって、美容やファッションのエキスパートは常に人の肌に接し、観察をしているため、コミュニティの平均肌色からの差異を知覚できるというわけだ(もちろん教育もされているためにレコメンドができる)。

 

目が進化したからこそ、私たちは肌色の差異に気づくことができる。それゆえ、肌悩みを抱え、美容にお金をかける。もしかしたら目は、美容のために色を知覚できるようになったと言えるのかもしれない。

 

 

本書は実によく書かれており、当たり前だが科学的知見もしっかりしている。一部見てきたように、美容という切り口から見ても図や説明に整合性が取れている。似非科学の本では決してない。

 

「なぜ目は色が見えるのか?」以外の章も、実に軽妙に論理展開がされている。読みにくさはあるものの、大胆な理論に目が離せないだろう。

 

そして全てを読み終えたとき、人類の長い進化の旅に思いをはせながら、身の回りのものに“超人的能力”を応用してみよう。もしかしたら、目をみはる発見があるかもしれない。

 

『ヒトの目、驚異の進化』ハヤカワノンフィクション文庫
マーク・チャンギージー/著 柴田裕之 訳

この記事を書いた人

大南武尊

-ominami-takeru-

研究員

理論物理修士課程修了後、リトアニアのレーザー会社にてエンジニアとしてインターン。画像処理やレーザー評価等を行う。その後、AI研究員として化粧品会社に入社。機械学習やデータ分析、画像処理でデジタルビューティ創出に従事。最近はアクセラレーションプログラムの運営も行う。 興味の対象は、ネットワーク(理論と実践、人と人、言語と言語等任意の事象)の形成と遷移、科学と藝術の境界線、事象の表現方法、おいしいスイーツ。

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