エコール・ド・パリの画家たちに愛されたモンパルナスの女王キキの回想録

馬場紀衣 文筆家・ライター

『キキ 裸の回想』白水社
ビリー・クルーヴァー、ジュリー・マーティン (訳)北代美和子

 

19世紀末、パリ・モンパルナスの平和と静けさに引きつけられた芸術家たちは、この地にこぞってアトリエを構えた。本書は、エコール・ド・パリの時代、芸術の中心地だったモンパルナスを根城にする画家や作家のあいだで最も愛されたミューズ「キキ」の回想録。

 

キキは、有名芸術家や作家たちのたまり場だったナイトクラブの呼び物スターだった。彼女が動くと誰もがその官能的な美しさに魅了された。バストは完璧で、ヒップはゆったりと安定し、衣服には官能が乗り移り、裸体のときは、その肢体をためらいなく披露した。

 

藤田嗣治、キスリング、ペル・クローグ……名だたる画家がキキを描いた。恋愛関係にあったマン・レイは40回以上にわたってキキを撮影し、1920年代におけるシュルレアリスト写真の傑作をいくつも生みだした。キキはマン・レイの実験的映画にも出演していて、私たちは残された作品から彼女の多面的な美を今でも目にすることができる。そこには、挑発的で、情熱的な瞳をこちらに向け、豊穣な肉体を惜しげもなく披露する女性がいる。

 

回想録の出版が決まったとき、ヘミングウェイはキキへの好意から、序文の執筆を喜んで引き受けたという。

 

「キキはまさに眼福であった。最初から美しい顔立ちをもち、それを自分の手で美術品に作りあげた。すばらしく美しい肉体と美しい声―話し声、歌声ではなく―をもち、たしかにキキは、ヴィクトリア女王がヴィクトリア時代に君臨したよりも、モンパルナスのあの「時代」にどっしりと君臨していた」

 

文豪ヘミングウェイがこれほどまでに称賛し、藤田嗣治に「キキはぼくをびっくりさせ、界隈のご同類みんなをやきもちで病気にした」と言わしめた「キキ」とは何者なのだろう。

 

本書のなかでキキは、幼少期の貧しい生活、パリで過ごした青春、芸術家との交流や性的目覚め、その時々に考えたことなどの裏話を明かしているが、本書を読み進めていくと、彼女がいかに愛に溢れた女性だったかが見えてくる。

 

衝動的で、社会の因習に拘束されず、自分の望みのままに愛人を作ったキキは、一方で、寛大で忠実だった。晩年のキキはアルコールと麻薬のために健康を害し、経済的にも逼迫した暮らしを送ったという。

 

1920年代のアートシーンが気になる人は、ぜひ手にとってほしい。エコール・ド・パリの時代、モンパルナスに集った芸術家たちの風景が、そこに書かれている。

 

『キキ 裸の回想』白水社
ビリー・クルーヴァー、ジュリー・マーティン (訳)北代美和子

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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