身体の奥底から言葉は溢れ出し、ひとつの物語に紡がれる… 家族それぞれの個性がつながり、生まれた奇跡が愛おしい!

内田 剛 ブックジャーナリスト

『水を縫う』集英社
寺地はるな/著

 

 

寺地はるなは本物だ。不安や不穏な空気に満ちて閉塞感の溢れたこの時代の空気を存分に吸いこんで、重苦しいけれどもどこか希望の光を感じさせる。この世の象徴とも言えるような人物関係を的確に描写させるうまさは天下一品であろう。2014年ポプラ社小説新人賞を受賞した『ビオレタ』以来、この作家は角田光代クラスになる!と注目し続けていたがその才能はますます輝きを増している。個人的に2020年3月刊『希望のゆくえ』(新潮社)も非常に力を感じ、その月発売した文芸書のベスト作品と評価したが、立て続けに(5月刊)出された本書もまた素晴らしい作品だ。質量ともに筆の漲り方は普通ではない。いま最も注目していい作家と言って間違いないだろう。

 

物語は全六章から構成されており。登場人物それぞれが語り手となってひとつの家族の形が浮き彫りになっていく。とにかくみんな不器用なのだ。祖母、父、母、姉、弟・・・向き不向き、好き嫌いに関わらず見えない役割を背負わさせる家族たち。それは家という場所だけでなく、学校、職場、社会など人間が作り出したあらゆる組織でもまったく同じである。普通に過ごせない、当たり前が息苦しい、期待という名の枠から抜け出したい人々はいったいどれほどたくさん存在しているのだろう。『水を縫う』はそんな日常にある苦しみを掬いとり、ささやかだけれども明日への一歩も踏み出すきっかけを与えてくれる作品だ。

 

高校一年生の松岡清澄。手芸好きで学校で「男のくせに」とからかわれて浮いた存在となってしまう。姉の水青は「女らしさ」との葛藤を繰り返す。デザイナーになるために家を出た父も親としての役割を果たせず、母親もまた夫をつなぎ止められなかったという妻の立場での悩みが消えず一人親のプレッシャーにも苦しんでいる。バラバラになりかけた家族がどうやって寄り添うことが出来るかが物語の肝。失敗したって大丈夫。ありのままの姿が愛おしい。家族ひとりひとりが違った色、異なった素材の布地であって、そうした個性があるからこそ縫い合わされれば見事なパッチワークとなるのだ。著者のその鮮やかな職人芸を思う存分に体感してもらいたい。

 

『水を縫う』というタイトルに込められた想いもまた心に響く。「縫う」といえば普通は布地を針と糸でかがることであるが、この物語はそうした先入観をいい意味で裏切ることがテーマである。終盤の読みどころの一つに姉弟の名前の由来が出てくるが「水青」も「清澄」も読んで字の如く水の流れに大きく関わっている。母なる海から人は生まれる。人間の体も半分以上、水分でできている。体を流れる血も赤い水分だ。「すごいやろ、水の力って」というセリフも出てくるが本当に水もこの作品も凄いのだ。まさに水がなくては生きられない人たちを体現した『水を縫う』は大きなうねりとなって読者を包みこみ、感動の渦へと巻き込むだろう。

 

『水を縫う』集英社
寺地はるな/著

この記事を書いた人

内田 剛

-uchida-takeshi-

ブックジャーナリスト

1969年生まれ。約30年の書店員勤務を経て2020年よりフリーに。 文芸書ジャンルを中心に各種媒体でのレビューや学校図書館などで講演やPOPワークショップを実施。NPO本屋大賞実行委員会理事で設立メンバーのひとり。POP作成を趣味として書いたPOPは4000枚以上。著書に『POP王の本!』(新風舎/絶版)がある。

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